新橋ストナン体験談仕事帰りの子に声をかけて、そのまま居酒屋へ行った夜
新橋の19時、焼き鳥屋の前で歩く速さが落ちた仕事帰りの子に、後ろから「お姉さん」と声をかけた。保育園の調理師リツコと駅前の居酒屋へ行き、一杯だけのはずが三杯に。途中で水とお茶漬けに切り替えてタクシー乗り場で見送った夜と、翌朝の一通から始まった土曜の昼の話。
保育園の調理師 PLACE東京
現場 HOOK声かけから
次の店へ
新橋の19時は、飲み屋街がまだ本気を出してない。ガード下の赤提灯はとっくに灯ってるのに、スーツの流れはほとんど駅のほうへ向かってて、どこかで立ち止まってる人がいない。その流れの中、俺の数メートル前を、白いブラウスにタイトスカートの子が早足で歩いてた。
その子がリツコ。駅前の居酒屋で、一杯だけのはずが三杯になった。店を出てから向かったのはタクシー乗り場で、その夜はドアが閉まるのを見送って終わってる。
続きは、翌朝リツコから届いた一通から始まる。二回目に会った土曜の昼、あの夜を向こう側から話してもらえたのが、俺にはいちばん効いた。
後ろから「お姉さん」。断り文句のほうが先に返ってきた
新橋で、路上を歩いてる人を止めるのはそもそも分が悪い。SL広場とニュー新橋ビルで二組続けてスカった夜も、結局ガード下の立ち飲みに入って、そこでやっと会話になってる。路上の人はみんなどこかへ向かう途中で、立ち止まる理由を持ってないんだよな。東京のエリア別に客層と狙い目の時間を並べたガイドでも、新橋は烏森の路地からSL広場のあたりの20時台をピークにしてる。19時はその少し手前で、この日は半分様子見のつもりで歩いてた。
前を歩く子が気になったのは、焼き鳥屋の前で一瞬だけ歩くのが遅くなったから。煙のほうをちらっと見て、すぐまた早足に戻る。紺のタイトスカートに踵の低い靴、肩には大きめのトートバッグ。デートの帰りでも、飲み会に向かう途中でもない。仕事帰りそのまんまの後ろ姿だった。
横に並ぶより先に、声のほうが出てた。

お姉さん、ちょっとだけいい?
……はい?

振り向いた顔は化粧っ気がほとんどなくて、そこに警戒が全部出てた。キャッチか、道を聞かれるのか、何かの勧誘か。どれだと思われたにしても、歓迎はされてない。

今、焼き鳥屋の前でちょっと歩くの遅くなったよね。お腹すいてるのかなと思って
え、見てたの? ごめんなさい、今日は忙しくて


断るの早いな。笑 忙しいのに、晩ごはんは?
帰って適当に食べます


ご飯おごるから、一杯だけ。どう?
……ご飯。いや、今ちょっと揺れたの、なしで(笑)

ご飯、の一言でリツコの目が泳いだ。それを見て俺も笑ってしまって、通る人の邪魔にならないように道の端に寄った。リツコもつられて、半歩だけこっちに寄ってくる。

ご飯おごるって、昭和の部長の誘い方っすよ

新橋だから許してくれ。笑 言った瞬間、俺もそう思ったから
焼き鳥屋の前で足が遅くなった人に、それ以外の言葉が思いつかなかった。我ながら雑な誘い方だわ。
一杯だけね。ほんとに一杯


一杯で。この辺、知ってる店ある?
ない。こっちのほう、あんまり飲まないから

人通りのある道で、駅もすぐそこ。リツコが一杯だけならと決めたのは、たぶんその二つがあったからだと思う。最初に覗いた店は入口に人が溜まってて諦めた。駅前のビルの二階に居酒屋の看板が見えて、そこにした。
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駅前のビルの二階、テーブル席でレモンサワー
19時半、入店。ガード下の立ち飲みと違って、壁際のテーブル席に通された。隣とは衝立で区切られてて、声を張らなくても話せる。リツコはメニューを開く前に、先に言った。
先に言っとくけど、私、お酒強くないから


了解。じゃあ軽いのからで
レモンサワー。……あと、だし巻き頼んでいい?


おごるって言ったじゃん。好きなの頼んで
歳は27で、仕事を聞いたら保育園の調理師だった。朝から子どもたちの給食とおやつを作って、片付けて、次の日の仕込みまでやって帰る。この日は行事の準備で遅くなったらしい。「忙しくて」は断り文句でもあって、本当のことでもあった。

調理師さんか。だから焼き鳥屋の前で反応したんだ
一日じゅうごはん作ってるのに、自分のはいつも適当なの(笑)


医者の不養生みたいなやつ?
それ(笑) 帰ったら、もう作る気しない

化粧が軽いのも、聞けば納得だった。厨房では帽子に髪を全部しまうし、火の前で汗もかく。職場は先生も事務の人も女性ばっかりで、誰かに見せる日でもない。通勤の服も、着いたら白衣に着替えるから、ブラウスとスカートを毎日回してるだけなんだとか。
だから、こんな格好の日に声かけられるの、ほんとに意外


仕事帰りっぽくて、むしろ声かけやすかったよ
それ褒めてる?(笑)


褒めてる。たぶん
だし巻きが来た。リツコは一切れ食べて、少しだけ首をかしげた。
おいしい。けど、ちょっと甘いかな


そこ、点数つけるんだ
園のはもっと薄味なの。子ども用だから。比べちゃだめだね(笑)

笑うと、それまでの警戒が一気に崩れる子だった。最初の「ごめんなさい」の早さが嘘みたいに、献立のことで栄養士さんと揉めた話や、子どもに言われた一言がぽんぽん出てくる。年長の男の子に「おばちゃん、今日のカレーからい」と言われて、しばらく本気でへこんだ話には、俺が笑いすぎて衝立の向こうから咳払いされた。
笑いすぎ。私、けっこう傷ついたんだから


ごめん。でも、からいって言ってくれるの、ありがたいじゃん
それはそう。子どもって、まずいときは顔に全部出るから

レモンサワーが空いた。俺が何か言う前に、リツコは自分で店員さんを呼んでた。
もう一杯だけ。同じので

21時半、カレーの話が二回目に入った
話はずっと楽しかった。楽しかったのは本当なんだよ。だから俺も、時計を見るのを忘れてた。二杯目のあと、リツコは梅酒のソーダ割りを頼んで、それも気づいたら半分以上減ってた。俺のほうはハイボールを二杯、ゆっくり。
21時半を回ったあたりで、引っかかった。リツコが、さっき聞いたばかりのカレーの話をもう一回始めた。言い回しまで同じで、本人は初めて話すつもりの顔をしてる。語尾がゆっくり伸びて、グラスを置く位置が二回続けてテーブルの端すれすれになった。

リツコさん、それさっきも聞いた。笑
うそ。……言った?


言った。おばちゃんの話
やだ、恥ずかしい(笑) ちょっと回ってるかも

本人の口から「回ってるかも」が出たところで、この夜の残りは決まった。店員さんを呼んで、水を二つと、締めのお茶漬けを頼んだ。

お茶漬け、鮭と梅がございますが
梅……あ、私が決めちゃった


梅でいいよ。あと水、先にお願いします
店員さんが下がると、リツコは少しだけ口をとがらせた。
締め、早くない?


顔、入ったときと別人くらい赤いよ。いったん水飲も
……そんなに?


そんなに。笑 お茶漬け来たら、ゆっくり食べて
リツコは何か言い返しかけて、運ばれてきた水のグラスを見て、黙って両手で持った。お茶漬けが来ると、一口目でやっぱり首をかしげる。
おいしい。でもこれ、お出汁じゃなくてお茶だね


お茶漬けだからね
そうだった(笑)

酔ってても、味の判定だけは手を抜かない。茶碗が空になるころには、語尾の伸び方が少しだけ戻ってた。
箸袋の裏にIDを書いて、SL広場のタクシー乗り場へ
会計は俺。おごるって言ったのはこっちだから、そこは譲らなかった。レジの前で伝票の並びを見て、ちょっと反省した。
| 順番 | リツコ | 俺 |
|---|---|---|
| 一杯目 | レモンサワー | ハイボール |
| 二杯目 | レモンサワー(自分で店員さんを呼んだ) | ハイボール |
| 三杯目 | 梅酒のソーダ割り | 頼んでない |
| 締め | 水、梅のお茶漬け | 水 |
三杯目を頼んだとき、俺は何も言ってない。話に夢中で、カレーの話が二回目に入るまで、グラスの減り方を見てもいなかった。気づくのが遅かったのは俺のほう。
レジで店員さんにペンを借りて、箸袋の裏に自分のLINEのIDを書いた。リツコの連絡先は聞かなかった。
店を出たのは22時を少し回ったころ。階段を下りるとき、リツコは手すりをしっかり握ってた。歩けないほどじゃない。でもこの時間の混んだ電車で、立ったまま揺られて帰る顔でもなかった。

家、どっちのほう?
電車で帰れるよ。乗り換えあるけど


今日はタクシーにしない? 乗り場まで一緒に行くよ
え……

SL広場を斜めに横切って、タクシー待ちの列の後ろに並んだ。広場はさっきより人が増えてて、二次会に流れるスーツの集団があちこちで輪になってる。リツコは列に並んでから、しばらく黙ってた。黙ったまま、何回か俺の顔を見た。
……ほんとに帰すの?


帰すよ。なんで?
ううん。なんでもない


酔ってる相手に手を出す趣味はないよ
……そっか


今日は普通に話してみたかっただけ。だし巻きの判定まで聞けたし
判定って(笑)

列が進んで、次がリツコの番になった。箸袋を渡すと、リツコは裏の字を街灯にかざして読んで、トートバッグの内ポケットにしまった。

それ、俺のID。気が向いたらでいいから
私のは聞かないの?


聞かない。明日、しらふのときに決めて
タクシー代を出そうとしたら、「それは自分で払う」と首を振られた。後部座席に乗り込んだリツコが、運転手さんに行き先を自分で伝えるのを聞いてから、俺はドアから一歩下がった。窓越しに小さく頭を下げたのが見えて、車は広場の角を曲がっていった。

え、番号も聞かずに帰したんすか

箸袋は渡したよ。来なかったら来なかったで、しょうがない
翌朝届いた「昨日はごめんなさい」と、梅で正解
翌朝の8時台、友だちに入ってないアカウントから一通来た。アイコンは、湯気の立ってる鍋の写真。名乗ってくれてたから、開く前に誰だか分かった。
昨日はごめんなさい。リツコです。ちゃんと帰れました。ごちそうさまでした

謝られることは何もない。ただ、ここで「全然大丈夫!気にしないで!めっちゃ楽しかったよ!」と勢いで返したら、朝に読むには重すぎる。向こうが短く来たなら、こっちも同じくらいの長さで返す。気持ちの話は文字じゃなくて、会ったときに顔を見てする。LINE交換のあとからデートまでを並べたまとめで俺が自分に決めてるのはその二つで、この朝もそこから外れないようにした。

おはよう。謝ることなんもないよ。帰れたならよかった。お茶漬けは梅で正解
梅で正解(笑)

あの、今度はしらふでごはん行けませんか。お昼とかで


行こ。来週の土曜とかどう?
空いてます。お店、私が選んでいい?


お願いします。だし巻きが甘くない店で
タクシーの列で「私のは聞かないの?」と言った人が、次の朝には自分で店を選ぶと言いだした。
土曜の昼、しらふのリツコから聞いたあの夜の話
翌週の土曜の昼、リツコが選んだのは、彼女の最寄り駅の商店街にある小さな洋食屋だった。カウンターに並んで、二人ともハンバーグ。リツコは薄い色のワンピースで、化粧もちゃんとしてた。平日のブラウスと全然違うじゃん、と思ったのが、だいぶ丸くなって口に出た。

今日、なんか雰囲気違うね
あの日がひどすぎたの(笑) 着替える前提の服だったんだから


あれはあれで良かったけどな
またそういうこと言う

ハンバーグが残り半分になったころ、リツコがフォークを置いて、あの夜のことを話しだした。
後ろから「お姉さん」って言われたとき、絶対キャッチだと思った


だよな。振り向いた顔、完全に警戒してたもん
ナンパする人なんて、ロクなのいないと思ってたし


返す言葉がないわ。笑
でも、ご飯って言われてぐらっとしたのは、ほんとに悔しい(笑)

リツコの話だと、店に入ってからもしばらくは、どこかで切り上げて帰るつもりでいたらしい。一杯でやめて、食べたら帰る。それが自分で二杯目を頼んだあたりから怪しくなって、お茶漬けが出てきたときには、この後どうなるんだろうって頭の中がけっこう忙しかったという。
タクシーに乗せられて、逆にびっくりした。え、帰るの?って


そこ、びっくりするとこなんだ
するよ。どっか連れてかれるのかなって、ちょっと覚悟してたもん


そりゃ身構えるよな。知らない男に声かけられて、三杯飲んだあとだし
朝、バッグの内ポケットから箸袋が出てきて。字、けっこう汚いなって(笑)


捨てられなくてよかったわ
ちょっとだけ迷ったよ。でも、聞かないって言われたの思い出して

そのあとリツコは、付け合わせのにんじんをフォークでつつきながら聞いてきた。
いつもああやって声かけてるの?


いつもじゃないよ。アプリも使ってるし
ふーん。両方やるんだ(笑)

街で声をかけるのは月に何回か。ほかの週の仕事帰りは、アプリでやり取りが続いた人と一杯、って夜が入ってる。
- 余裕のある大人の子が多い印象だから、変な探り合いが少なくてやり取りが楽だった
- 「会う前提」で繋がる空気だから、いいなと思った子とも上品なまま話を進めやすい
- 下見だけなら無料。本気で会いに行くなら、男は有料で動いたほうが早かった(俺の場合は)
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洋食屋を出て、商店街を抜けた先の川沿いを少し歩いた。リツコは、通りすがりの家の庭に咲いてる花の名前を、ひとつずつ当てていく。土曜の昼の川べりはジョギングの人と犬の散歩ばっかりで、新橋の19時とは別の国みたいに静かだった。
川沿いのベンチで、リツコが俺の手の甲に自分の手を重ねてきた。そのあとのことを書いたら、本人に本気で怒られる。笑
別れ際、リツコが言った。
私、お茶漬けの人で終わりたくないんだけど

返事を考えてるうちに、川沿いの道が終わった。
東京の次の動きまで見る。
声をかけた後、どの街でどう流すか。場所選びと飲みの入口に近い記事を並べています。