ワクワクメール 横浜中華街の食べ歩きの日記を読んで一通、土曜の昼に善隣門で待ち合わせた29歳と
木曜の夜、ワクワクメールの日記で中華街の食べ歩きを順番に書いていた人の、「口が迷わない」の一行に一通送った。二往復で決まった土曜の13時、善隣門の下で先に俺を見つけたのは、洋菓子店で焼き菓子を作る29歳のサツキ。胡麻団子と肉まんと杏仁豆腐、大岡川の水面、関内駅前の横断歩道。翌週の日記には、肉まんの店だけが書いてあった。
横浜市内の洋菓子店で焼き菓子を作る製菓担当 PLACE横浜
現場 HOOK現場感を
そのまま読む
木曜の夜に読んだ日記のいちばん下に、店の話じゃない一行があった。「列に並んでるあいだに、次の店で食べるものまで決めておくと、口が迷わない」。中華街の食べ歩きを、入った順番に書いていった日記で、店のことはどれも二、三行ずつ。その最後に、これだけ店から離れた話が足されてた。口が迷わない、って言い方を、俺はこの夜まで知らなかった。
書いた人がサツキ。29歳で、横浜の洋菓子店で焼き菓子を作ってる。日記を読んだ木曜から土曜の昼までのあいだに、俺とサツキのメールは二往復しかしてない。それで土曜の13時、中華街の善隣門の前。会ってからは肉まんの列と、胡麻団子と、杏仁豆腐と、大岡川の水面と、関内駅の前の横断歩道。先に俺を見つけたのはサツキのほうで、俺はそのとき、人じゃなくて看板を見てた。笑
店の話の下に、「口が迷わない」の一行だけ余ってた
ワクワクメールで日記を読むようになったのは、わりと最近だわ。つぶやきの「立川」のタグの一覧で、石膏とにらめっこしてる人を見つけた回で、プロフの「その他」からフォローして、フォローした人のつぶやきと日記の更新がマイページに出るようになった。それまで日記は、どこにあるかも気にしてなかった。マイページに出てくるようになってから、ついでにほかの人の日記も眺めるようになって、今はプロフ検索より先に日記のほうを開く夜もある。
日記は、読む側にはただ。だから夜中に、知らない人の一日を何本でも続けて読んでいける。読む側の俺には、これが気楽でちょうどいいんだよ。
その木曜は、公開範囲が全員になってる日記を、一本ずつ下へ送ってた。昼に食べた定食の話、推しのライブの話、仕事の愚痴。その中に、中華街の食べ歩きを入った順番に書いてある日記があった。胡麻団子、肉まん、杏仁豆腐、そのあと一軒で満腹。店の名前は出てたけど、俺が引っかかったのは店じゃなくて、いちばん下に足されてた一行のほうだった。

列に並んでる時間を、次の店のために使ってる。食べ歩きの人って、そこまで考えてんのか

人の食べ歩きの記録、夜中に読んでて腹減りません?

減った。減ったから、一通送ってる
日記を書いてた人のニックネームがサツキ。日記の文章しか知らない人に、顔を確かめるより先に返事を欲しがるのは、順番として妙な気もしたけど、俺が返事をもらいたかったのは、顔じゃなくてあの一行のほうだった。

口が迷わない、を初めて読みました。俺は列に並ぶと、前の人が持ってる袋の中身で次を決めてしまうほうです。中華街で肉まんの前に何を食べるのが正しいのか、知りたいです
書いて、送って、その夜は終わり。日記を書いてる側も読んでる側も、高校生と18歳未満のいないサービスの中の話で、並んでるのは大人の木曜ばっかりだわ。
金曜の昼と夜で、一往復ずつ
金曜の昼に、サツキから返ってきてた。
前の人の袋で決めるの、わかる(笑)正しい順番は無いけど、肉まんは最初じゃないです。最初に熱いの食べると、あとが全部ぬるく感じるから

ここでサツキのプロフを、上からちゃんと読んだ。29歳、横浜市内、洋菓子店で焼き菓子を作ってる、と書いてあった。写真も一枚だけ開いて、ここで少し減った。白いコック帽を半分だけ写した、顔の見える写真。日記の文章と同じ人が、ちゃんと写ってた。

じゃあ最初は何がいいんですか。土曜の昼、空いてたら、その順番を横で見せてもらいに行けませんか。東京から行きます。13時に善隣門の前、黒いリュックです
金曜の夕方に送って、夜のうちに返ってきた。
土曜は昼だけなら(笑)門の前でいいですよ

最初が何かは、並んでから決めます。お腹すかせてきてください

往復は、これで二回。日記を読んだ木曜から土曜の昼が決まるまで、俺が打ったのは二通だった。会う日と場所と、俺の目印まで、この二通に入ってる。

並んでから決めます、って返事で、もう日記の人だわ
俺の側で言うと、俺はプロフに顔の写真を置いてない。サツキが知ってる俺は、黒いリュックと、口が迷わないに引っかかった男、の二つだけ。こっちは顔を知ってて、向こうは知らない。この差が、土曜の13時に効いてくる。
門の下で、看板を見てたら見つけられた
土曜。東京から電車で1時間かからないで、中華街に着いたのが12時45分。10月の下旬で、昼はまだ上着が要らない。門の下は家族連れとカップルで、立ってる人の半分が何か食べてる。横浜で俺が立つ場所と素通りする場所を十個、表にした回で、中華街の行は「ここでは俺も客」で済ませてる。声をかける場所じゃない。腹ごしらえに寄るだけの場所で、この日は腹ごしらえが用件そのものだった。
15分ある。門の下で、サツキの日記の順番を思い出しながら、通りの看板を端から見ていった。胡麻団子の店はどれだ、肉まんの列はあれか。顔を知ってる側なんだから、人のほうを見てればよかったんだよ。見てなかった。看板を見てた。
黒いリュックの人、アキさんですよね


……はい。え、どっちから来ました
後ろ(笑)黒いリュック、門の下に何人もいたんですよ


何人も。笑 で、なんで俺
看板を順番に見てたの、一人だけだったから

顔を知ってるのは俺のほうなのに、先に当てられた。しかも当て方が、日記のあの一行と同じなんだよ。並んでるあいだに次を決める人は、人が次を決めてるところも見つけられるらしい。

顔知ってる側が先に見つけられるって、どういう状況っすか

看板見てた。人を見てなかった。それだけだわ
サツキは、写真のコック帽の下にあった顔のまま、ベージュのコートを着て立ってた。髪は後ろで一つに束ねてて、両手は空いてる。食べ歩きの人は、荷物を持たずに来るらしい。近くに立つと、コートから甘い匂いがした。

なんか、甘い匂いしません?
バターでしょ(笑)朝ちょっと店に寄ったから、コートに付いてる


休みの日に寄るんですか
焼き上がりだけ見に。見ないと気になるじゃん

休みの日の朝に、焼き上がりだけ見に行く人。日記の一行を読んだときに想像してた人と、そんなに離れてなかった。

お腹、すかせてきました
えらい(笑)じゃあ並びましょ。最初、決めてないから

胡麻団子、肉まん、杏仁豆腐。列で次を決める人の横に立った
一軒目は、胡麻団子の店の列。十人くらい並んでた。並んでるあいだ、サツキはほとんど喋らないで、通りの向かいの店の看板を見てた。俺が何か言うと返事はするんだけど、目は向かいにある。

今、次を決めてます?
決めてる(笑)向かいの肉まんの列、今ちょっと短いから


でも肉まんは最初じゃないんでしょ
そう。だから胡麻団子を食べてるあいだ、列が伸びないことを祈ってる

胡麻団子は揚げたてで、紙に二つ。サツキは一口かじって、そのまま噛んでた。長い。俺が自分の一個を食べ終わりそうになっても、まだ噛んでる。感想が出てくるまでに、横の信号が一回変わった。
……今日のは、ごまが多い


今の間、なんですか。笑
食べてるときは食べてるの。喋ると味が逃げるじゃんか


逃げるんだ
逃げる。仕事でも、味見のときは誰も喋らない

食べ物の話になると、声が一段低くなる。笑ってるときの声と、ごまが多い、と言ったときの声が、同じ人のものに聞こえない。この低いほうの声で、焼き菓子の話が始まった。

焼き菓子って、何を作ってるんですか
フィナンシェと、マドレーヌと、クッキー。生ケーキは別の人


朝、早いんですよね
早番の日は、外が暗いうちに店に入ってる。明日もそれ


明日も。じゃあ今日は
昼だけって言ったじゃん(笑)夜まで持たないの、私が

肉まんの列は、サツキの祈りが効いたのか、俺たちが向かいに渡ったときにまだ短いままだった。並んで、湯気の出てる蒸籠を眺めてるあいだに、サツキはもう三軒目の話をしてる。
肉まんのあとは、冷たいのがいい。杏仁豆腐、カップのやつ


もう決まってるんだ
並んでるあいだに決めるって、書いたじゃんか(笑)


読みました。読んで、ここにいます
肉まんは紙の袋ごと渡されて、手が熱い。サツキはまた一口で黙って、俺は今度は待った。噛み終わるまで、横で黙って自分の肉まんを食べてた。
……皮が甘い。中はしょっぱい。今日は皮の勝ち


勝ち負けあるんですか
ある(笑)同じ店でも日によって違う。今日は皮

日記のことも、肉まんを持ったまま聞いた。あれは何のために書いてるのか。
自分のため。どの順番で食べたか、忘れるから


読む人のことは
考えてなかった。読んで来た人、初めて(笑)


俺が初めてですか
メールが来たとき、店の人かと思った。順番の話で怒られるのかと


怒ってない。知りたかっただけです
アキさんは日記、書かないの?

書かない、と答えた。読む側の人間なんだよ。俺がワクワクで日記を読み始めたのは、つぶやきのタグの一覧を見てた立川の回のあとで、読む側のまま、自分では一本も書いたことがない。
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読むだけの人なんだ


読むだけの人です。書いてる人の順番を、横で見るほう
じゃあ今日の順番、覚えといてね。私、たぶん忘れるから(笑)

三軒目の杏仁豆腐は、カップにスプーンが刺さってて、店の前の段に二人で並んで座って食べた。サツキの長い一口は、ここでも同じだった。冷たいものを、ゆっくり噛んでる。
……これで口が終わる。今日の順番、正解


口が終わる、って言い方も初めて聞いた
うちの店の言い方。最後に食べるものが決まると、口が終わるの

中華街を出たのが15時半。三軒で2時間半。食べてた時間より、列と、噛んでる時間のほうが長かった。笑
関内の碁盤の目を遠回りして、都橋の前の欄干
中華街を出て、大岡川のほうへ歩いた。まっすぐ行けば20分くらいの距離を、1時間かけてる。サツキが角ごとに止まるからだわ。関内の通りは碁盤の目で、角を曲がるたびに新しい看板が見える。それを一つずつ読んで、「ここは入ったことある」「ここは知らない」を言ってから、次の角へ行く。

食べ歩き終わってるのに、まだ店見てる
癖(笑)次に来るときの順番、今のうちに考えてる


次って、いつですか
決めてない。順番だけ決めてる

大岡川に出たのが16時半。都橋の商店街の、川に面した側が目の前にある。細い建物が川沿いにカーブして並んでて、小さい店の窓に一つずつ明かりが入りはじめてた。野毛の二階の店で、管理栄養士の人とハムカツを食べた土曜も、店に上がる前にこの川沿いをひと回りしてる。あの日は18時前で、窓の半分くらいにもう人が入ってて、顔見知り同士の喋り方だった。今日はその1時間半前。窓の中に人はまだ少なくて、店の人が暖簾を出してるところだった。
ここは眺めるのは好きで、声はかけない場所。川沿いを歩いてる人はみんな移動の途中で、立ち止まってるのは俺たちくらいだった。今日は声をかける用事がそもそも無い。隣に、日記の人がいる。

声かけない街で、ずっと二人で川見てたんすね

見てた。あの川、夕方は水の色が変わるんだよ
欄干にもたれて、川を見た。10月の下旬の16時半は、もう日が低い。水面に、都橋の店の明かりと、向かいの建物の白い壁が映ってて、そこに西日のオレンジが混ざってくる。川の上を、鳥が低く一回だけ横切った。
ここ、よく来るんですか


通る。通るだけ。店には入ったことない
私も。横浜の人なのに、入ったことない


じゃあ二人とも、眺める側
眺める側(笑)水、きれいじゃないのにね


きれいじゃないけど、今の色はいい
……うん。今の色はいい

サツキが少し寄ってきて、欄干の上で、俺の手とサツキの手のあいだが指二本ぶんくらいになった。何かを決める人の手が、ここでは何も決めてなかった。そこから少しのあいだは、川のほうが詳しい。笑 欄干の話は、ここまで。
明日、早番なんだよね、私


知ってます。暗いうちに店に入る人
だから、ここまで(笑)


ここまで。笑 分かってた
17時を少し回って、欄干から離れた。関内駅までは歩いてすぐ。サツキは関内から電車で帰って、俺は東京へ戻る。駅のほうへ歩くあいだ、サツキはもう看板を見てなかった。
関内駅の前の横断歩道で、信号が赤だった。サツキはこの横断歩道を渡らない。サツキが乗る電車の入口はサツキの側で、俺が乗るほうの入口は道の向こう。渡るのは俺のほうだった。
今日の順番、覚えた?


胡麻団子、肉まん、杏仁豆腐。覚えた
えらい(笑)じゃあ私は忘れる


忘れていいです。俺が覚えてるから
……明日、フィナンシェ焼くね。それだけ

青になって、俺が渡った。渡り切って振り返ったら、駅の入口のほうにサツキの背中はもう無くて、横断歩道の白い線だけが、駅の明かりで少し光ってた。
日記が一本増えてて、肉まんの店だけ書いてあった
次の木曜の夜、マイページに、サツキの新しい日記が一本出てた。サツキのことは土曜の夜、東京に戻ってからフォローしてある。読む側の俺のマイページに、書く側の人の名前が一つ増えた格好だわ。中華街の話で、書いてあるのは肉まんの店の一軒だけだった。「皮が甘くて中がしょっぱい日だった。今日は皮の勝ち」。それで終わり。胡麻団子も杏仁豆腐も、黒いリュックも、俺の名前も、どこにも無い。
いいね!は押さなかった。日記の中に俺がいないのと同じで、日記の下にも俺がいないほうが、この日記の形としては合ってる気がしたんだよ。
その代わり、メールで一言。

皮の勝ち、覚えてたんですね
返事は翌日の昼に来た。
書いといたの。忘れるから(笑)胡麻団子と杏仁豆腐は、アキさんが覚えてるって言ったじゃん


覚えてます。二軒ぶん、俺が持ってます
じゃあ次は、残りの二軒から

次の日付は、俺もサツキも口にしてない。残りの二軒の順番だけが、先にある。木曜の夜に俺が日記を読んでた時間は、サツキの側には何も残ってないんだよ。日記は読んでも足あとが付かない。向こうから見た俺は、日記を読んでた人じゃなくて、一通送ってきた人から始まってる。
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大岡川の、あの16時半の水面のことを、次の週になってもまだ思い出す。都橋の店の明かりと白い壁と西日が、濁った水の上で混ざってた色。きれいじゃないのに、と言った人が、……うん、と言い直すまでの短い間。川の上を鳥が一回横切って、欄干の上の指二本ぶんの隙間が、そのまま夕方の中に残ってた。
会った後の流れまで、次に読む。
アプリで会ったあとに失速しないように、連絡、待ち合わせ、次のデートへ繋がる記事を置いています。