横浜の夜、余裕のある28歳と食事だけして帰った
patersで知り合った28歳・クルミと、横浜で会ってきた。メッセージ五往復で曜日も店の担当も決まって、番号もLINEも交換しないまま当日。野毛のカウンター七席の店で二時間、飯を食っただけの夜。天井を見る癖と値札を裏返す癖の話まで、そのまま書いた記録。
輸入雑貨のバイヤーPLACE横浜
現場レポHOOK現場感を
そのまま読む
野毛の小さい店で飯を食って、二時間しゃべって、桜木町で別れた。それだけ。手も握ってないし、そういう空気になる手前で終わってる夜だわ。paters(ペイターズ)で知り合った28歳、クルミ。木曜の夜の横浜。
書くことがあるとしたら、この人が二時間のあいだにやってた二つの癖の話しかない。片方は店に入った瞬間、もう片方は日本酒の二杯目のあたりで出た。どっちも本人は当たり前だと思ってて、こっちだけがずっと引っかかってる。
一行だけ、店の話をしてる人だった
paters体験談の入口、横浜での空気、会った後の動きまで。場面ごとの温度を拾いながら、アキの現場感をそのまま読む記事です。
patersを開いたのは、その週にたまたま平日の夜が空いたから。俺はこのアプリを入れっぱなしにはしてなくて、「今月は人と会う気があるな」って月だけ入れる。恋活寄りのアプリだと、まず仲良くなって、そのあとで会う日を探る順番になるじゃん。あれ自体は悪くないんだけど、仕事の予定が読めない時期にそれをやると、順番を踏んでる途中で俺のほうが先に消える。patersは最初から会う前提の空気があって、予定の話がドライに進む。俺が助かってるのは、正味そこだけ。
クルミのプロフは短かった。仕事のことが一行、住んでるエリアが一行、そして三行目が「天井の高い店だと、なぜか長く喋れます」。趣味の羅列もないし、「よろしくお願いします」で埋めてもいない。三行しかないのに、三行目だけ妙に具体的なんだよ。こういう書き方をする人は、会っても喋る材料を自分で持ってきてくれる確率が高い。逆に資格と趣味がずらっと並んでる自己紹介欄は、情報量だけ多くて、当日に何を話すかが一個も浮かばなかったりする。

天井て。それだけで押すんすか

押すよ。店の話が書いてある人、探すと全然いないんだって。
写真も一応見た。喫茶店で撮ったっぽい一枚、遠くから撮られた一枚、あとは海の写真。顔が分かるのは実質一枚だけで、盛ってる感じもないかわりに、この人がどういう喋り方をするのかはまるで読めなかった。読めなかったぶん、余計に会ってみたくなったところはある。
アプリ側の話も一回だけ書いとく。patersは18歳未満(高校生を含む)は登録できない仕組みで、メッセージのやり取りを始めるには公的な書類での年齢確認を通す必要がある。これは出会い系サイト規制法で事業者に義務づけられてる手続きなんで、当然こっちも毎回同じものを出してる。男側はメッセージを動かすのに課金が要るタイプで、俺は会いに行く気がある月だけ入って、月末に切ってる。金額は改定が入るから、ここに書いてる感覚も執筆時点の目安でしかない。最新は公式で確認してくれ。一か月ぶん使い切ってから書いたpatersのレビューのほうに、金額の内訳と、俺が「これは向いてないな」と思った人の条件を置いてある。
横浜の木曜、と向こうが先に決めた
やり取りは短かった。というか、雑談らしい雑談をほとんどしてない。
はじめまして。天井の一行、たぶん誰も読んでないと思ってました


読みました。というか、そこしか読んでないです。
ひどい(笑)


仕事のとこも読みましたよ。輸入雑貨のバイヤー、字面が強い。
強いのは字面だけです。中身はほぼ箱の開け閉め


会って聞きたい話が一気に増えました。今週どっかで飯どうですか。
木曜なら。横浜まで来られます?

行けます、で返したら「決まりですね。お店、任せていいですか」が来て、それで終わり。全部で五往復。天気の話も休みの日の話も一回も出てこないまま、曜日と場所と、店を探す担当まで決まった。
俺はアプリで、二週間くらい雑談を続けたあげく、どっちが悪いわけでもなくフェードアウトするやつを数えきれないほどやってる側の人間なんで、この速さは単純にありがたい。ただ勘違いしたくないのは、これが俺の腕の話じゃないってところ。今回はたまたま、決めるのが早い人に当たっただけの話。
この「予定だけ先に決まる」感じが他所でも同じなのかは、同じ月にもう一個入れて並行で触ってみたpatersとPappyの比較のほうに書いた。
店は俺が探した。三行目を覚えてたから、最初は天井の高いレストランを当たったんだけど、木曜の夜に二人で入れる時間が全然残ってない。三軒断られて、結局、前に一回だけ入ったことのある野毛の小さい店に電話したら、そこだけカウンターが空いてた。天井、めちゃくちゃ低い。真逆の店を予約した男になった。情けな。笑
ちなみに木曜が決まるまで、俺は電話番号もLINEも聞いてない。アプリの中だけで予定が立って、そのまま当日を迎えてる。
- 余裕のある大人の子が多い印象だから、変な探り合いが少なくてやり取りが楽だった
- 「会う前提」で繋がる空気だから、いいなと思った子とも上品なまま話を進めやすい
- 下見だけなら無料。本気で会いに行くなら、男は有料で動いたほうが早かった(俺の場合は)
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桜木町を出たら、まだ蒸してた
木曜の七時半。八月の下旬なのに、昼の熱が地面から戻ってきてる感じで、改札を出た瞬間にシャツが背中に貼りついた。待ち合わせは改札のすぐ外で、向こうが先に俺を見つけて、片手を胸のあたりで小さく上げた。手の振り方が小さい人だな、というのが最初の印象。

すいません、こんな暑い日に呼び出して。
私もさっき着いたので。……あ、ほんとに暑いですね


店まで歩いて七分くらいなんですけど、いけますか。
歩きます。今日、ヒール低いので

麻っぽい白いシャツに、黒のワイドパンツ。肩から大きい布のトートをかけてて、それが見るからに重そうだった。髪は肩につかないくらいで、耳が出てる。写真の一枚目と同じ人だ、っていう当たり前のことに、俺は毎回合流して三秒で安心する。
野毛のほうへ渡ると、道の温度が一段上がる。店の前に椅子を出して飲んでるおっさん、積み上がったケース、換気扇から出てくる油と炭の匂い。木曜なのに金曜と変わらない人出で、路地に入るたびに肩がぶつかりそうになった。
このへん、来たことないです


え、横浜の人なのに。
横浜、広いんですよ(笑)私が住んでるの、全然こっち側じゃないし

聞いたら住んでるのは山のほうで、駅前で飲むこと自体がほとんどないらしい。神奈川の人に「横浜です」と言われても場所が一個も特定できないやつ、あれの正体をこの日はじめて理解した。
同じ横浜でも西口側は、この翌日の金曜に一人で狸小路と五番街を往復することになるんだけど、そっちの一部始終は横浜西口を歩いた記録のほうに書いた。今日は最初から入る店が決まってるんで、歩いてる時の頭の中がまるで違う。すれ違う女の子を一人も見てない自分に途中で気づいて、ちょっと笑った。
カウンター七席で、クルミはまず天井を見た
店は路地の突き当たり。引き戸を開けると七席のカウンターだけで、中に店主が一人。冷房が効きすぎてて、外との落差で一瞬息が止まる。そして天井が本当に低い。手を伸ばしたら普通に届く高さで、背の高い客が来たら屈むと思う。

……天井、低いですけど。
(見上げて)あ、これはこれで好きです


プロフに書いてたやつと真逆なんですけど。
高いのが好きって書いただけで、低いのが嫌いとは書いてないです(笑)


うまいこと言うな。
面白かったのは順番のほうで、この人、荷物を置くより先に天井を見上げた。梁の位置を目で追って、隅のほうまでぐるっと一周見て、それからやっと座った。

毎回やるんですか、それ。
やります。癖なので


なんの癖なんですか。
子どものころ、母親と入った喫茶店で天井の模様を数える遊びをしてて。それがそのまま残ってるだけです

地味な遊びですね、と言ったら「地味です。妹は三分で飽きてました」と返ってきた。喫茶店で二人ぶんのコーヒーが来るまでのあいだ、母親と娘が黙って天井を数えてる絵を想像したら、なんかその家の空気まで見えた気がした。
注文は店主に任せた。

今日、鯵がいいの入ってますよ

じゃあそれ二つで。……あ、魚って大丈夫ですか。
好きです。骨、得意なので


得意っていう言い方する人、はじめて見た。笑
冷やしたトマトに削り節がのってるやつ、青唐辛子の入った小鉢、それから焼き上がった鯵。宣言どおりクルミは骨の外し方がうまくて、皿の端にきれいに一列で並べていってた。俺の皿はその時点で戦場みたいになってたんで、途中から見ないようにした。
仕事の話は、こっちが掘るというより勝手に流れてきた。海外の小さいメーカーから雑貨を買い付けて、日本の店に卸す仕事。年に何回か展示会に行って、そこで見つけたものを箱で仕入れる。二十二で入って今年で六年目、ベテランは箱を開ける前に中身が分かるらしいんだけど、自分はいまだに毎回びっくりしてるらしい。写真と全然ちがう色で届いたり、サイズが一回り小さかったり。びっくりするんだ、と俺が言ったら「しますよ」とだけ返って、そのまま鯵の続きに戻っていった。
七席しかない店なんで、隣が近い。俺の右側に一人で飲んでるおっさんがいて、途中から鯵の焼き加減の話に自然に混ざってきた。カウンターで隣と喋りだす、で思い出したんだけど、小倉の屋台で一時間半しゃべった夜のことは小倉の屋台で隣になった子に書いてある。あの時と違って、今日は店主も隣も俺らの会話には一切興味がなくて、それがまた気楽だった。
値札を裏から見る人
日本酒を二杯目に切り替えたあたりで、クルミが店の棚に手を伸ばした。棚には店主の知り合いが焼いたっていう小皿が何枚か並んでて、それぞれに小さい札がついてる。売り物らしい。
(皿を裏返して)……これ、いい値段


え、なんで裏から見るんですか。
見ちゃうんですよ。値札って、裏に本当のことが書いてあるので


本当のこと。
どこの土で、誰が焼いたか、とか。表って数字しか書いてないじゃないですか

俺はここで、当然それは仕事の癖なんだと思った。

それ、仕事のやつでしょ。買い付けの人なんだから。
関係ないと思います(笑)仕事で見るやつ、まだ値札ついてないので


あー……そっか。値段つける前のを見るのか。
言われてみればそのとおりで、俺の推理は一秒で崩れた。じゃあこの癖はどこから来たんですか、と聞いても「なんででしょうね」で終わり。最後まで由来は出てこなかったし、たぶん本人も分かってない。人の癖って半分くらいそういうもんだと思う。

皿の裏見る女の人、ちょっとこわくないすか

こわくないよ。俺もそのあと自分の茶碗ひっくり返して見たもん。笑
そこからしばらく、値段のつき方の話になった。同じ皿でも、置く店が変わると値札が二倍になることがある。輸送のコストと、店の家賃と、誰が売るか。クルミはその話を、自慢でも愚痴でもない温度で喋る。うちの会社がどうとか、私はこう思うとか、そういう主語をほとんど出さない。ただ「そういう仕組みなんですよ」で終わらせて、こっちが「へえ」と言うのを待たない。

こういうアプリ、よく使うんですか。
たまに。出張が急に入るので、先の予定が作れなくて


友達と飲むほうが気楽じゃないですか。
約束しても私が先に飛ばすので。もう誘われなくなりました(笑)

わりと重い話をさらっと言うな、と俺が言ったら「重くはないです、自業自得なので」と返ってきた。この返し方でだいたい分かった。この人は、自分の状況を誰かに説明して同情してもらう気が最初からない。だから話に湿り気がなくて、聞いてるこっちが楽なんだ。
俺のほうの話も何回か振られたけど、全部三十秒くらいで畳んで、また皿と箱の話に戻した。喋らせておいたほうが面白いんだから、そりゃそうなる。気づいたら二杯目が空いてて、店の時計が九時前を指してた。
財布を出すのが、こっちより早かった
店主が「〆に何か食べます?」と聞いてきて、二人ともほぼ同時に首を振った。鯵と小鉢と日本酒二合で、腹がちょうどいいところまで来てる。
で、俺がまだ椅子から立ちきってないうちに、クルミがもう財布を出してた。

あ、待って待って。
もう出しちゃいました


誘ったの俺なんですけど。
店を探したのも予約したのもそっちでしょ。じゃあ半分こでよくないですか

そうします、としか言えなかった。言い方に押しつけがましさが一個もないから、こっちも引き際を探さなくて済む。会計は二人で7,000円ちょっと。割り勘で、俺が出したのは3,500円くらい。店主に礼を言って外に出た。
路地に出た瞬間、店の中との温度差で首筋がべたつく。桜木町のほうへ戻る道は行きより人が増えてて、二人とも同じ速さで、しばらく黙って歩いた。
鯵、また食べたいです


じゃあ次も同じ店で。
進歩がない、と笑われた。進歩は次の次でいいです、と返しといた。
桜木町の駅前まで戻ったところでクルミが立ち止まって、鞄の中を探しはじめる。定期が出てこないらしい。三十秒くらい探して、出てきた定期を俺のほうに一回かざしてから、じゃあ、と言って歩いていった。かざされても、俺にできることは何もない。
その後。返ってきたのは写真一枚だった
三日後の夜、LINEに写真が一枚だけ届いた。文章はなし。写ってたのは、木箱の中に小さいガラスの瓶が並んでる写真で、床がコンクリートだから会社の倉庫っぽい。

なにこれ。
今日開けた箱です。中、全部割れてました


全部?
全部(笑)

笑うとこじゃないでしょ、と送ったら「笑うとこです。じゃないとやってられないので」と返ってきた。そのあと二往復して、割れた瓶をどう報告するかで社内が揉めてる話を聞いて、その日はそれで終わり。
次は九月にもう一回、今度は向こうが店を決めることになってる。日にちはまだ入ってない。予定が急に飛ぶ人だと本人が言ってるんで、こっちも先に埋めない。
patersは今月ぶんで止めるつもりでいた。ただ九月の店をまだ聞いてないんで、たぶんもう一か月そのままにしとく。
- 余裕のある大人の子が多い印象だから、変な探り合いが少なくてやり取りが楽だった
- 「会う前提」で繋がる空気だから、いいなと思った子とも上品なまま話を進めやすい
- 下見だけなら無料。本気で会いに行くなら、男は有料で動いたほうが早かった(俺の場合は)
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二軒目に誘わなかった
話をあの木曜の夜に戻す。
店を出た時点で、まだ九時をちょっと回ったところだった。時間だけ見れば、もう一軒行きましょうと言える余裕は普通にあった。実際その言葉は喉のとこまで来てて、俺はそれを飲み込んでる。
理由は大したもんじゃない。ひとつは単純に、鯵と冷やしトマトと日本酒二合で腹の具合がきれいに満ちてて、これ以上飲んだら今日聞いた話を半分忘れる気がしたから。もうひとつは、店を出た瞬間にクルミがトートを持ち直して、もう歩く向きを決めてたから。あの持ち直し方を見た時点で、誘い文句を挟む隙がないなと思った。俺は乗ってこない空気だと感じたら引く。それだけの話で、うまくやったつもりもない。
別れたあと、そのまま帰らずに、みなとみらいのほうへ渡る歩道橋に上がる。階段の手すりが昼の熱をまだ残してて、手のひらがぬるい。上まで来ると風が通って、シャツの背中がやっと乾きはじめる。
向こう側の建物は、上のほうの窓だけがまばらに光ってる。息が少し上がってるのは階段のせいで、頭の芯がぼんやりしてるのはたぶん酒のせい。ここで気づくのは、今日は一度も「次」を組み立ててなかったな、ということ。いつもの俺は、一杯目が来た頃には二軒目の候補を三つくらい頭に並べてる。今日はそれを一回もやらなかった。やらなくても二時間もったし、腹も膨れてる。
風がぬるい。俺は手すりから手を離して、もう少しここに立ってる。
この流れの次に読む記事。
読み終わったあとに動きやすいように、連絡、街での流し方、次の場づくりに近い記事を置いています。


