再婚を目指す37歳と、子どもの話をしなかった夜
マリッシュで37歳の学童保育の指導員、スミレさんとマッチした。プロフの子どもの欄は空欄のまま。蒲田の焼き鳥屋で三時間、名前を必ず呼ぶ人と喋って、結局こっちからは何も聞かなかった。二軒目に行かずアーケードを歩いて解散した夜の記録。
学童保育の指導員PLACE現場
現場レポHOOK現場感を
そのまま読む
『はじめまして、アキさん。プロフィールの三行目、笑いました。』
マッチしたその日の夜に届いた、最初のメッセージがこれだった。三行目ってなんだっけと思って自分のプロフを開き直したら、「休みの日はだいたい銭湯にいます」って書いてあった。三十七歳の女性が一通目で触ってくるとこか、そこ。しかも名前を呼ばれてる。俺はまだ、この人に一文字も送ってない。
送り主はスミレさん。三十七歳、学童保育の指導員、住まいは大田区。プロフの「子ども」の欄だけが空欄で、土曜に蒲田で会った三時間、俺はそこに一度も触らなかった。向こうも出さなかった。
プロフの「子ども」の欄が、空欄だった
マリッシュ体験談の入口、現場での空気、会った後の動きまで。場面ごとの温度を拾いながら、アキの現場感をそのまま読む記事です。
マリッシュは、この前四十歳の美容師さんと焼き鳥屋で二時間半喋った夜から、そのまま消さずに使い続けてる。あの時に検索条件の年齢上限を外したのが残ってて、流れてくる顔ぶれが以前と全然違う。三十代後半から四十代がふつうに並んでて、自己紹介文がみんな長い。改行がちゃんと入ってて、最後まで読ませる気がある文章だった。
で、俺がこのアプリで一番でかいと思ってるのは、機能でも料金でもなくて、プロフの項目の並びだわ。「結婚歴」と「子どもの有無」が、身長とか職業とかと同じ列に、事務的に置いてある。自己紹介文の中でうまいこと切り出す、みたいな作りになってない。
これ、こっちの頭がまるごと軽くなる。いつ聞くのか、聞いたら重くなるか、そもそも聞いていいのか。会う前から会ってる最中まで、俺はだいたいそういう計算を裏で回してる。その計算の分の容量が、最初から空いてる状態でメッセージを打てる。相手の事情がどうこうっていう話じゃない。単純に、俺の作業が減るって話。
スミレさんの欄はこうだった。結婚歴、あり。子ども、空欄。年齢三十七、職業は学童保育の指導員。写真は三枚で、一枚目が公園のベンチで撮った半身、二枚目が皿いっぱいの餃子、三枚目が茶色い猫だった。
空欄が何を意味してるのかは、俺には分からない。いない、なのか、書きたくない、なのか、単に選ぶのを忘れたのか。三通りとも画面上では同じ顔をしてる。分からないまま「いいね」を押した。押した決め手はたぶん餃子の皿だわ。三十七歳の女性のプロフ二枚目が、ピントの甘い餃子の写真なのが、なんか良かった。

この餃子、絶対に自分で撮ってるやつだよな。角度が低い。

アキさん、その前に銭湯で笑われてるじゃないすか。

それは今から挽回するとこなんだよ。
メッセージを送る前には年齢確認がある。出会い系サイト規制法で決まってる手続きで、免許証を撮って送ったら十分ちょいで通った。当然、十八歳未満は高校生も含めて使えない。額の話はマリッシュ自体のレビューのほうに全部置いた。俺が実際に払った分もそっちだわ。あっちも書いた時点の数字な。
夏休みの学童は、朝八時から開く
やり取りは四日くらい続いた。返信は毎晩九時過ぎに、まとめて二、三通ずつ来る。夏休みのあいだ、学童は朝八時から開いてるらしい。
今日、六年生に負けました。アキさん、ドッジボールって三十七歳がやる競技じゃないですよ。


負けたんかい。
内野に一人で残されて、四方から来ました。


それ競技じゃなくて刑罰じゃん。
八月の下旬、まだ夏休みが終わってない週。メッセージの中身は毎晩、どこかしら物理的だった。体育館の床が熱い、麦茶のサーバーが一日三回空になる、エアコンの効きが悪い部屋に二十人いる、扇風機の取り合いで揉める。愚痴の形になりそうで、ならない。全部が現場の報告みたいな温度で来るから、読んでるこっちも軽く返せる。俺は俺で、その週の銭湯の話を送ってた。サウナの温度が上がってた、水風呂が生ぬるかった、そんなレベルの話だ。似た者同士だったのかもしれない。
四日目で気づいたことがある。この人、一通の中に必ず俺の名前を入れてくる。遡って読み返しても、「アキさん」が一度も出てこないメッセージが一通もない。

スミレさん、毎回ちゃんと名前呼ぶよね。全部入ってる。数えた。
数えたんですか(笑)昔からなんですよ。ちなみに今ので十一回目です。


そっちも数えてんのかよ。
そこで自分の送信履歴を上から見返してみたら、俺はこの人の名前を一度も打ってなかった。「了解です」「明日は?」で四日ぶん全部済ませてる。一回もだ。次の一通目に「スミレさん」と頭をつけて送ってみたら、返事が来るまでの時間がいつもより短かった。たぶん偶然だわ。
日にちは俺から出した。土曜の夜。最寄りが蒲田だっていうから「じゃあ蒲田で」と言ったら、店の候補が三つ返ってきて、三つとも焼き鳥屋だった。
アキさん、東口の路地のとこが一番静かです。煙も少ないので。


候補が全部焼き鳥なの、ちょっと信用できる。

アキさん、また焼き鳥っすか。

今回は俺が選んでねえんだよ。
待ち合わせは十九時半に決まった。決まってからの二日間は、メッセージの本数がむしろ減った。当日まで糸を切らさないように無理に繋いでおく、みたいな感じが一切ない。こっちも間を埋めなくていいから助かった。マリッシュを開くのも、夜に一回でよくなった。
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蒲田の焼き鳥屋、カウンターの端
土曜。改札から出てくる人はほとんど半袖で、みんな手にコンビニの飲み物を持ってた。俺も持ってた。腕時計のベルトの内側だけ濡れてて、待ってるあいだに一回外して振ったわ。風が通るたび、どこかの店の換気扇の匂いが乗って流れてくる。
スミレさんは時間ちょうどに来た。紺のリネンのシャツにデニム、荷物は斜めがけの小さいポーチひとつだけ。腕がきれいに日焼けしてた。写真より実物のほうが少し痩せて見えて、たぶん夏休みのせいだと思う。
アキさん、ですよね。写真より髪短い。


昨日切った。気合い入れたと思われるのが嫌で黙っとくつもりだったのに、開始三秒でバレた。
黙ってれば分かんなかったのに(笑)

店はメッセで言ってた東口の路地の焼き鳥屋。細長くて、カウンターだけの店だった。奥の焼き台から煙が上がってるのに、言ってた通り、席のほうは全然煙くない。カウンターの端の二席が空いてて、そこに並んで座った。壁の短冊のメニューが油で少し反ってる。
じゃあ、アキさん、おつかれさまです。

乾杯の頭に名前が来るとは思ってなくて、俺はジョッキを持ち上げたまま一拍止まった。合わせにいったときには向こうはもう飲んでて、こっちの「おつかれさま」は行き場をなくしたわ。
一杯目が半分減ったところで仕事の話になった。二十二からこの仕事で、いま十五年目。途中で施設が二回変わって、いまの学童が三つ目らしい。数字だけ並べると完全にベテランなんだけど、喋り方に一切そういう匂いがない。今週いちばん困ったこととして出てきたのが、水鉄砲の水が事務室まで飛んできて書類が濡れた話で、それを五分かけて話してた。犯人の子は最後まで名指しされなかった。
二杯目を頼むとき、彼女が店員さんのエプロンの名札をちらっと見た。
タカハシさん、すみません、ハイボールひとつお願いします。


名札、一回見ただけだよね今の。
見ました。名前だけは一回で入っちゃうんですよ。


便利だな。俺、先週会った人の名前もう出てこないもん。
呼ばれたタカハシさんが、ちょっと嬉しそうな顔でハイボールを出してきたのが面白かった。名前で呼ばれると人はああいう顔をするんだな、と思って、そのあと俺も一回だけ真似して注文してみた。「タカハさん」って噛んだ。それはアキさんが失礼なだけです、って笑われて、しばらくその話で引っぱられたわ。
砂肝とつくねが来たあたりで、夏の話になった。
アキさんは、この夏どこか行きました?


大分。夜の街をずっと歩いて、温泉は翌朝、寝坊して駅ビルの上で済ませた。
歩いてただけですか(笑)

歩いた中身のほうは、この日は出さなかった。夜の街を歩き回った記録のほうに全部あるやつだわ。彼女に出したのはほとんど湯の話で、駅の真上に湯があって屋上には神社まで載ってる、って言ったら普通に食いついてきて、いつか行きたい店のメモを見せてくれた。メモの中身は温泉じゃなくて、九割が飯屋だった。関アジの店の名前が三軒並んでて、その下に「順番厳守」って書いてあった。何の順番なのかは教えてくれなかった。
結婚歴の話は、三杯目の途中で向こうから出てきた。
プロフの結婚歴のとこ、読みました?


読んだ。
六年一緒にいて、三年前に終わりました。話すと長いので、今日はここまでにしときます。


了解。
アキさん、そこ食い下がらないんですね。


食い下がって面白かったこと、一回もないから。
わたしはまた結婚したいと思ってて、それでこのアプリなんです。……重いですか。


重くはない。俺が結婚の話ができるほど大人かどうかは、別の問題として。
正直(笑)、って返ってきて、それで終わった。そこで話は途切れずに、そのままハイボールのおかわりに移った。重い話が重くならないまま横に流れていく感じで、こっちが姿勢を正す隙もない。そういう出し方ができる人と喋ると、三時間があっという間に減る。
子どもの話が、一度も出なかった
三時間喋って、子どもの話は一度も出なかった。
正確に言うと、学童の子どもたちの話は山ほど出てる。六年生に負けたドッジボールの続き、水鉄砲、麦茶のサーバー、去年卒所した子が突然遊びに来て背が伸びててびっくりした話。夏休みの終わりに宿題が終わってない子が何人いるかまで聞いた。そういうのは全部出た。でも「自分の」子どもの話は、三時間のどこにもかすらなかった。
プロフのあの空欄は、ずっと頭の隅にあった。三杯目の途中、結婚歴の話が向こうから出た直後は、流れとしては一番自然に聞けるタイミングだったと思う。相手が自分で扉を半分開けてる状態で、「子どもは」の五文字は、たぶんそのまま通った。喉のとこまで来てたのは本当だわ。
聞かなかった。俺は、相手が自分から出してこない話を取りに行かないことにしてる。優しさとかそういうんじゃなくて、取りに行って場の温度を下げた回数のほうが圧倒的に多いから、そうしてるだけ。空欄は空欄のまま置いといて、目の前で喋ってる人の話を聞いてるほうが、俺の場合はだいたいうまくいく。
前に会った再婚を考えてる三十二歳の人は、一通目が「子どもがいるって書いてるけど大丈夫か」の確認だった。開けにきたんじゃなくて、消えるほうの男を先に振るいにかけてる。中身の話が出てきたのは会って二杯目のコーヒーのあたりで、俺は一言も水を向けてない。同じ欄でも、何が入ってて、いつ開くかは人ごとにまるで違う。俺にできるのは、開いたら聞く、それだけだった。
そのあと話は猫に飛んだ。プロフの三枚目の茶色いのは飼い猫じゃなくて、学童の裏に住み着いてる猫らしい。当然のように名前がついてて、しかも呼び名を三つ持ってた。
チャコです。あと、チャコさんと、チャコちゃん。


一匹に三つ?
呼び分けてます。怒るときはチャコさんです。


猫にも敬語いくんだ。
チャコが去年の秋にどこから来たのかの推理を延々と聞かされて、気づいたら二十一時を回ってた。途中で俺が串を持ったまま一回止まったのを、彼女はたぶん見てる。何も聞かれなかったけど。
東口の路地を出るまで
二十二時ちょうどにラストオーダーの声がかかった。焼き台の火が一段落ちて、店の音が急に小さくなる。

このあと、もう一軒行く?
行きたいです。……けど、明日も朝八時なんですよ。


夏休み、まだ終わってないのか。
来週までです。来週の私に会ったら、たぶん別人ですよ。


じゃあ今日はやめとくか。
やめとくって言われると、ちょっと寂しいですね(笑)

どっちだよ、と笑って、それで店を出ることになった。
会計を頼んだら、彼女が財布から二千円出してカウンターに押し込んできた。
アキさん、これハイボール三杯分です。計算しました。


細かっ。笑
焼き鳥はごちそうになります、って続けて、それ以上は一度も粘らなかった。押し問答にならないのが妙に気持ちよかったわ。店を出るとき、彼女は焼き台のほうに向かって「ごちそうさまでした、タカハシさん」と言った。最後まで名札を覚えてる。タカハシさんはトングを持ったまま、また少し嬉しそうな顔をしてた。
蒲田のアーケードの下で、歩幅が揃った
九月の第二土曜の約束は、その場でどっちもスマホを出さないまま決まった。連絡先はまだ知らない。次にスミレさんへ何か送るのも、たぶん今夜のマリッシュからだわ。
- 30代〜50代の真剣層が中心。再婚希望やシンママへの配慮が公式機能で入ってる
- 登録からマッチングまでは無料。女性は全機能無料だから、女性側の頭数が多い
- 若い子狙いのアプリとは客層が違う。落ち着いた大人と会いたい夜はこっち
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店を出たら二十二時半だった。東口の商店街はアーケードになってて、屋根の下だけ空気が動かない。路地よりむしろ暑いくらいだった。シャッターは半分下りてて、閉まった揚げ物屋の油の匂いが薄く残ってる。どこかの店から出した氷が溶けて、排水溝のとこに水が流れてる。人はまばらで、俺たちの足音のほうが目立つくらいだった。
彼女は歩くのが速かった。店を出た直後がとくに速い。歩幅が大きいわけじゃなくて、足の回転がそのまま速い。

速い速い。
あ、ごめんなさい。速いってよく言われます。

逃げてる人みたいだよ、と言ったら、逃げてないです、と笑われた。それでも歩幅は変わらなくて、俺は半歩後ろを追いかける形になってた。
アーケードの真ん中あたりで、彼女がふっと歩調を落とした。半歩ぶん前にあった背中が、いつのまにか隣に並んでる。そこからは二人とも同じ速さになった。
アキさん、次はお酒のあとも平気な日にします。


それ、けっこう踏み込んだこと言ってるからな。
分かって言ってます(笑)九月の第二土曜、いま空けました。


もう空いたのか。
アーケードの出口の灯りが見えてからも、歩幅は戻らなかった。俺たちは、来たときよりはっきり遅い速さで、アーケードの端まで歩いた。
会った後の流れまで、次に読む。
アプリで会ったあとに失速しないように、連絡、待ち合わせ、次のデートへ繋がる記事を置いています。


