都町を歩いた夜と、関アジで隣になった子
福岡の帰りに二日ずらして大分へ。チェックインで都町の場所を聞くところから始まった夜。府内町と都町を歩いて二組に見送られて、22時の寿司屋で隣になったのが旅館の予約担当のイズミ(27)。関アジの皿を必ず自分の手前へ引く子だった一晩の記録。
温泉旅館の予約担当PLACE福岡
現場レポHOOK現場感を
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「都町なら、ここ出て右です。中央通りをまっすぐ行って、アーケードを抜けたあたりが全部そうですよ。歩いて10分かかりません」。チェックインのとき、宿の受付の人は地図も出さずにそう言った。で、鍵を渡しながら一拍おいて、思い出したみたいに付け足した。「あ、玄関、0時に閉めますんで」。
大分には二泊する予定で、初日は移動でほぼ潰れてた。つまり使えるのは二日目の夜だけ。二日目は20時半から府内町と都町を歩いた。声をかけたのは二回、二回とも横から人が来て終わってる。22時に入った寿司屋のカウンターで隣になったのが、イズミ、27歳。別府の温泉旅館で予約を受ける仕事をしてる子だった。関アジの皿を、必ず一度自分の手前に引いてから箸をつける。
大分駅の北口から|アーケードを抜けたら、そこが都町だった
大分ナンパの入口、福岡での空気、会った後の動きまで。場面ごとの温度を拾いながら、アキの現場感をそのまま読む記事です。
大分に来たのは初めてで、九州で夜を歩くのは天神を歩いた回から数えて何度目かになる。福岡の案件がひとつ片付いて、帰りの便を二日ずらして大分に寄ってる。もともとの目当ては温泉のほうで、夜が都町になったのは、宿でさっきの返事をもらってからだ。
大分駅は駅ビルの上に温泉施設が入ってて、屋上には小さい神社まである。荷物を置いてから、湯には入らずに一回だけ上まで行ってみたんだけど、8月中旬の夕方の屋上は、風が吹いても生ぬるいままだった。下から車の音が上がってきて、それが途切れると、階下の温泉施設の換気の音だけが残る。街の灯りは駅の北側に固まってて、そっちがこれから歩く方向だった。

大分、俺、別府と混ざって覚えてるんすよね。湯けむりの写真しか浮かばないっす

そのイメージのまま来たわ。別府と大分、電車で十分ちょいなんだけど普通に別の街だからな。現地で言われて初めてちゃんと分けて覚えた。笑
北口——地元の表記だと府内中央口——を出ると、中央通りっていう広い道がまっすぐ北に伸びてる。両側に街路樹があって、歩道が広い。その道の途中でアーケードに突き当たって、そこを東に抜けて、一本北に入ったあたりから看板の密度が急に上がる。宿の人が言った通り、歩いて10分かからなかった。駅から夜の中心までがこの距離っていうのは、遠征する側からすると相当ありがたい。地図を開かずに歩けるし、酔ってから帰るのも同じ道でいい。
府内町と都町|同じ夜でも、通りの中身が違う
先に府内町のほうを歩いた。中央通りの西側から駅寄りにかけて、居酒屋と海鮮の店が並んでる一帯で、看板は横に並ぶ。一階に入口があって、外から中の明るさが見える店が多い。とり天の写真を出してる店の前で足が止まって、そのままメニューを三分くらい読んでた。飲む前に飯の話で立ち止まるの、我ながら遠征の初動として弱い。
20時台のこの一帯は、完全に一次会の時間だった。会社の集まりらしい十人前後のグループが二組、家族連れが一組、スーツケースを転がしてる二人組。暑気払いの札が出てる店もあった。外を歩いてる人は少なくて、人はみんな店の中にいる。この帯に通りで声をかけるのは、正直かなり分が悪い。
21時を回ると、通りに人が出てくる。店から出てきた集団が、そのまま歩道で固まって動かない。ただ、その塊がほどけるのが早かった。五分と経たないうちに三分の一くらいが手を振って、駅のほうへ歩き出す。
都町は、ビルの側面が上の階まで看板で埋まってる。一階だけがガラス張りで、あとは階段とエレベーターの入口が並んでるだけ。通りの明るさは看板の色でできてて、歩いてると自分の腕が数メートルごとに違う色になる。

看板、縦に積むタイプの街だわ。一階から順番に読んでたら日が暮れる。もう暮れてるけど
都町は細い道が縦横に通ってて、真ん中あたりに公園がひとつある。夜は待ち合わせらしい人が二、三人立ってるだけで、通りの明るさに比べると、そこだけ穴が開いたみたいに暗い。俺はその公園を基準に東西を覚えた。店の名前は一個も入らなかったけど、公園と交差点だけは頭に残った。
ただ、入った直後の都町は思ってたより静かだった。ビルの明かりは点いてるのに、通りを歩いてる人がほとんどいない。出勤らしい人が早足で通り過ぎて、店の前で店員さんが氷を運んでる。この街が動き出すのは22時からで、そこからタクシーと運転代行の車が通り沿いに列を作り始める。この一晩で歩いた印象を、時間の帯で割るとこうなる。あくまで俺が実際に立ってた時間のぶんだけだ。
| エリアと時間帯 | 通りの中身 | 歩いてた人 | その時間の俺 |
|---|---|---|---|
| 府内町(20時半〜21時) | 居酒屋と海鮮の店。看板は横並びで中が見える | 会社の集まり・家族連れ・観光客 | メニュー読んでた。声をかけたのは20時40分、アーケードの出口 |
| 府内町(21時〜) | 一次会が終わって、店の前で解散が始まる | 飲み会帰りの集団・待ち合わせの人 | アーケードを東へ抜けて都町へ移動 |
| 都町(21時台前半) | 明かりは点いてるが通りは静か。看板は縦積み | 出勤の人・氷を運んでる店員さん | 通り抜けて位置だけ覚えた |
| 都町(22時〜) | ここからが本番。代行とタクシーが列になる | 二次会に向かう集団・常連っぽい人 | 歩く速度を落として流してた |
| 都町の外れ(22時〜) | カウンターだけの小さい店が混じる帯 | 一人客・仕事上がりの人 | 座った。この夜はここだった |
歩く前にやってたことも一個だけ書いとく。大分に入る前の晩、宿から徒歩圏の湯の話ばっかり調べてて、そのついでにJメールの検索条件を大分市に落とした。西で人がちゃんと埋まるのは前に確かめた通りで、大分市の表示も普通に埋まる。登録のときに書類を出すやつも前と変わってなくて、年齢確認まわりの細かい話はそっちのレビューに全部書いた。俺があの二晩で溶かしたポイントは、金額にすると1,000円ちょい。
20時40分と21時半|声をかけて、二回とも見送った
一回目は20時40分、アーケードの東の出口。コンビニの前でアイスを食べてる二人組がいて、袋を持ってないから、これから飲みに行く側だと思った。

あの、変な聞き方していいですか。この時間から一人で入れる寿司屋って、この辺にあります
えー、寿司かあ。……知らんなあ(笑) ちょっと待って、調べる

いい人だった。本気でスマホで調べ始めてくれて、こっちが恐縮するくらい真面目に候補を三つ出してくれた。で、その三つ目を読み上げてる途中で、連れの子の彼氏らしき人が横から合流してきて、会話は自然に終わった。手元に残ったのは、店の名前が三つ。そのときは、俺が欲しかったのはこれじゃないんだよなと思ってた。
そこからアーケードを東へ抜けて、都町のほうへ歩き直した。21時を回ると屋根の下の照明が半分落ちて、閉まったシャッターに自分の足音が返ってくる。外に出た瞬間、また空気が重くなる。八月中旬の夜は、屋根の下と外で体感がはっきり違った。
二回目は21時半、都町の入口の角。ビルの一階の看板の下でスマホを見てる子がいて、待ち合わせだろうなと思いながら行った。

あの、この上の階の店って、外から見て当たり付けられるもんですか。俺、完全に読めなくて
あー……ごめんなさい、連れが来るんで


ですよね。失礼しました
三分後に本当に連れが来た。二人でエレベーターに乗っていくのを、俺は横断歩道の反対側から見てた。断り文句じゃなくて事実だったわけで、そうなるとこっちも引き下がるしかない。

二連敗の直後にどこ行ったんすか

自販機。麦茶買って、都町の端のガードレールに座って飲んでた。絵面は完全に終わってる。笑
目の前の通りに、屋根に黄色いランプを載せた代行の車が入ってきて、少し先でもう一台がその尻についた。列ができ始めるのを缶越しに眺めてたら、尻ポケットが震えた。大分みたいな街で俺が何を開けたまま歩いてるかは前に書いたやつと変わってなくて、画面に出てたのはJメールの返信だった。文面は「大分いつまでいます?」の一行。返事を打ちながら、俺は22時の都町のほうへ歩き直した。
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寿司屋のカウンターで、関アジの皿が寄ってくる
22時ちょうど、アイスの二人組が二番目に挙げてくれた店に入った。都町の外れの、ビルの一階の、間口が一間しかない寿司屋。カウンターに七席、テーブルはなし。大将が一人で、奥に洗い場のおばちゃんが一人。埋まってるのは二席だけで、手前におじさんが一人、いちばん奥に女の子が一人。その子はガラスケースの向こうの大将の手元をずっと見てた。
大将が奥から詰めてくださいって言うんで、言われた通りに座ったら女の子の隣だった。ここは俺が選んでない。おしぼりが冷たくて、それだけで店の印象が良くなった。腕を拭いたら一往復でぬるくなって、外を歩いてた十分ぶんがそのままおしぼりに移った感じだった。

兄ちゃん、観光? なら関あじ食べときな。今日のは佐賀関のいいやつ

じゃあそれで。あと瓶ビール。他に何頼めばいいですか、こういうとき

りゅうきゅうも出しちゃる。締めにいいけん、最後でもいいけどな
運ばれてきた関アジの皿は、大将が俺と隣の子のちょうど中間くらいに置いた。厚めに引いた身が並んでて、光り方が明らかに違う。
そしたら隣の子が、その皿をすっと自分のほうに引いた。三センチくらい。で、一切れ取って、皿を元の位置に戻した。
……あ、すみません。わたしの分も一緒に出されちょる


え、そうなんですか。大将、ざっくりしてんな。笑 じゃあ遠慮なくどうぞ
先に頼んどったの、わたしなんですけどね(笑)

そこで会話が始まった。イズミ、27歳。別府の温泉旅館で予約を受ける仕事をしてて、大学を出てそのまま入って五年と半年。この日は職場の送別会が駅の近くであって、一次会だけ出て抜けてきたらしい。

二次会、行かなかったんですか
よだきくて(笑)


よだきい、はじめて生で聞いた。意味は分かる。響きが強いですね
便利なんですよ。全部これで済むけん

喋り方は、敬語とタメ口が三対七くらいで混ざってる。丁寧なんだけど、笑うと語尾が崩れて大分の言葉が出てくる。予約の電話を受ける仕事の話を聞いたら、繁忙期は年末年始と連休で、いちばん困るのは「安くしてほしい」でも「部屋を替えてほしい」でもなくて、到着時刻をどうしても言わない人らしい。
何時ごろ着かれますか、って聞くと、まあその日次第かなあ、って言われる


あー、それ俺も言ってるかもしれない
今日、宿の人に何時って言いました?


……言ってないです
ほら(笑)

関アジの話も少しした。彼女の旅館でも夕食に出るけど、自分で買って食べることはほぼないらしい。時価で出る日の値段を教えられて、俺が箸を止めたのが面白かったみたいだった。
今、一瞬止まりましたよね


止まりました。味の解像度が急に上がった気がします
そういう人、ようおるんですよ(笑)

りゅうきゅうが来て、そのあと追加で頼んだ小鉢が来て、そのたびに同じ動きをする。皿が置かれる、彼女がそれを自分のほうへ三センチ引く、箸を入れる、元の位置に戻す。四回目でさすがに気づいた。
で、言わないことにした。指摘した瞬間に、たぶんこの動きは止まる。黙って見てると、この子の手はずっと小さく動いてる。醤油の小皿の位置を直す、瓶の口をこっちに向ける、大将が置いたお通しの器を台の縁から二センチ内側に入れる。全部無言でやる。
0時に鍵が閉まる宿と、朝が早い子
23時を過ぎたあたりで、話の内容が仕事から温泉に移ってた。彼女の旅館の湯の話、別府の地区ごとの湯の違い、俺が翌朝に行こうとしてる場所が観光客向けすぎるって指摘。
そこ、悪くはないんですけどね。ただ朝いちは地元の人しかおらんとこのが気持ちいい


それ、どこですか
教えたら混むけん、やだ(笑)


俺一人で混むわけないでしょ。笑
一人が二人になって、三人になるんですよ。仕事で見ちょるもん

こういう返しが速い。予約の電話で断り慣れてるんだろうなと思ったけど、口に出したら仕事の話に戻りそうだったんでやめた。
23時20分、彼女が時計を見た。翌朝が早番で、5時台に起きるらしい。旅館の朝は、泊まってる側が思ってるより早く始まる。俺のほうも、玄関の鍵が0時に閉まる。二人ぶんの締め切りが、ほぼ同じ場所に置いてあった。

こっちも0時に宿の玄関閉まるんですよ。門限つきの遠征、はじめてです
あはは。ちゃんとした宿じゃ


鍵渡された瞬間に言われました。今日の予定、あの一言で全部決まったんで
それ、うちも言うほうです。……言われる側になると、ちょっと切ないですね

会計は、関アジの分だけ俺が持った。一緒に出されてた皿の代金って理屈にしたら、彼女は少し笑って、じゃあ次は別府で、って言った。連絡先は、朝の湯の話が中途半端で終わったのが心残りだったんで、その流れで交換した。もっとうまい理由を考える時間はあったのに、出てきたのがそれだった。
店を出たら、都町は22時のときより人が増えてた。代行の車が列で待ってて、その脇を二次会に向かう集団が通っていく。彼女は駅方向、俺は宿の方向で、途中まで同じ道だった。歩いてる間、彼女はその車の並びを指さして、あれ全部おんなじ会社ですよ、って地元の話をしてた。
分かれ道で、彼女が言った。
0時までまだあるけん、走らんでも大丈夫ですよ


走りませんよ。この気温で走ったら、宿に着く頃には別人です
それ、明日の湯の話ができんくなる(笑)

結局、最後の五分は走った。中央通りの信号が全部赤で、こういう夜に限ってそうなる。
朝いちの湯だけが、四日目に送られてきた
東京に戻る日に「無事に帰りました」って送ったら、「あの湯、結局行かんかったでしょ」って返ってきて、当たってた。あの朝は寝坊して、駅ビルの上の温泉で済ませてる。その翌日には、もうLINEが日常の温度になってた。
そこから二日、なんの音沙汰もない。で、まだ六時台なのに画面が光って、開いたら誰もいない浴場だった。湯船の縁にだけ朝の光が当たってて、窓のとこが白く飛んでる。添えてあるのは「これが朝いちです」の一行だけ。場所はどこにも書いてない。教えたら混むけん、を最後まで通してきた。そのあと「次に大分来るときは、日にちだけ先に言うてください」って続いたから、こっちは到着時刻をどうしても言わない人の代表として名指しされたわけだ。十一月に九州の予定が入りそうだって送ったら、旅館の空き状況の話が始まった。予約担当の本気を見た。宿はそっちで押さえるってことになって、玄関が0時に閉まらんとこにしときますね、と付いてきた。
あの夜、都町の端のガードレールで麦茶を飲みながら返事を打った一件も、細く続いてる。「大分いつまでいます?」の一行をくれたJメールの子とは、あれから何往復かして、今度は向こうが東京に出てくるタイミングで会う話になってる。返事をどこで打ってたかは、相手には言ってない。
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で、この遠征で先に思い出すのは、実はあの夜じゃなくて、次の朝のほうだったりする。
朝食は一階の小さい食堂で、席は四つしかなかった。俺以外に客はいなくて、宿の人が炊飯器のところで待っててくれてる。

昨日、ぎりぎりでしたね。0時の五分前でした

間に合ってるんで、セーフということで

走ってた音、しましたけどね
献立は鯵の干物と、だんご汁と、切り干し大根。俺が椅子を引いて座ると、宿の人は炊飯器の蓋を開けて、湯気が上がりきるのを待ってから茶碗によそった。干物はまだ焼き網の上にあって、俺が箸を持ってから皿に移してくれた。まだ音がしてた。
福岡の次の動きまで見る。
声をかけた後、どの街でどう流すか。場所選びと飲みの入口に近い記事を並べています。


