魚町と鍛冶町を歩いた夜、屋台で隣になった子
博多出張の空き夜に、新幹線で16分の小倉へ。魚町銀天街と鍛冶町を歩いて2組にかわされて、21時過ぎの屋台で隣になったのが美容部員のミツキ(25)。帰りの最終新幹線から逆算する夜は深追いができない。その分だけ後を引いた一晩の記録。
化粧品メーカーの美容部員PLACE天神
現場レポHOOK現場感を
そのまま読む
小倉に行くと決めた昼休み、最初に調べたのは飲み屋の場所じゃなくて、博多に戻る新幹線の最終だった。出張の宿が博多で、翌朝は9時から先方のオフィス。つまり小倉の夜は、始まる前から終わりの時刻が決まってる夜だった。最終は23時台の後半(乗る日に時刻表だけ見てくれ)。逆に言えば、そこまでは丸ごと使える。博多から小倉は新幹線で16分。山手線で数駅ぶんの時間で、別の街のど真ん中に立てる。
その夜、20時から魚町銀天街と鍛冶町を歩いて、二組に声をかけて、二組とも綺麗にかわされた。で、21時過ぎに座った屋台で、隣の子と1時間半喋ってる。ミツキ、25歳、化粧品メーカーの美容部員。最終がある夜は深追いができない。できないなりの終わり方をしたんで、そこまで含めて順番に書いてく。
帰りの最終を先に調べた|博多側から渡る小倉
小倉ナンパの入口、天神での空気、会った後の動きまで。場面ごとの温度を拾いながら、アキの現場感をそのまま読む記事です。
博多には仕事で二泊してて、初日の夜は天神から今泉のあたりを歩いてた。そのへんは天神を歩いた回に書いた通りで、二日目の夜が丸ごと空いてた。同じ街を二晩歩くより、隣の街を見たい。それで小倉にした。
新幹線は自由席でふらっと乗って16分。改札を出ると、駅ビルの中をモノレールが突っ切っていくのが見える。小倉駅はモノレールが建物に刺さってる駅で、初見だと普通に足が止まる。南口のデッキを降りたら、もう魚町のアーケードの入口が見えてて、駅から夜の中心まで傘なしで歩ける。遠征先としては、かなり足回りのいい街だと思う。

小倉、新幹線で通ったことしかないっすわ。停車の2分間だけ見るホームの街

俺もずっとそれだった。降りたら普通にでかい街で、ちょっと申し訳なくなったわ。笑
宿を取らずに夜だけ行く遠征は初めてだったんだけど、帰りの時刻が決まってると、夜の組み立てが全部逆算になる。23時半に駅にいるためには、23時に店を立つ。そのためには21時までに腰を落ち着ける場所を決める。そうやって後ろから埋めていった時間割に、この夜は救われもしたし、縛られもした。
魚町銀天街|アーケードの人が入れ替わる時間
魚町銀天街は、日本で最初にアーケードを架けた商店街って言われてる場所で、小倉駅の南からまっすぐ伸びてる。20時ちょうどに歩き始めたら、ちょうど街が入れ替わる時間だった。ドラッグストアと服屋のシャッターが降り始めて、その音の隙間から、横道の居酒屋の呼び込みの声が浮いてくる。
シャッターの音の話は天文館を歩いた夜にも書いた。魚町は20時を過ぎると本通りが「通路」になる。目的の店がある人たちが、横道へ横道へと吸い込まれていって、本通りに立ち止まってる人がほぼいなくなる。声をかけるなら、立ち止まりが発生する点――信号、コンビニの前、待ち合わせの柱のあたり――を先に押さえるしかない。

立ち止まってんの、俺と信号待ちの人だけだわ。この通り、完全に歩く用にできてる
20時台の魚町で見かけたのは、仕事帰りの一人歩きと、これから飲みに行く二人組と、部活帰りっぽい学生の集団。学生は21時前にはきれいに消えた。そこから先が、飲む人だけの時間になる。
鍛冶町|看板が縦に積んである通り
アーケードを途中で東に折れて数分歩くと、鍛冶町に入る。通りに入った瞬間、光の質が変わる。魚町が白い蛍光灯の光だとしたら、こっちは色のついた光。雑居ビルの壁一面にスナックとバーの看板が縦に積んであって、一棟で二十枚三十枚は普通にある。一階で焼き鳥の煙を出してる店があって、その上の階は全部、名前だけじゃ中身の分からない店。

看板の数、数えてたら首痛くなってきた。一棟ぶんで諦めたわ。笑
通りには運転代行とタクシーが列で待ってて、21時前後になると、一次会を終えた集団がビルの前で「どうする」をやり始める。ネクタイの四人組、私服の女子会帰り、サンダルで歩いてる常連っぽい人。歩いてる人の年齢層は、魚町より一回り上がる。飲み慣れた人の街だなっていうのが、通り二本ぶん歩いた印象だった。
歩く前に博多のホテルで決めてたのは時間割だけで、最終から逆算して、どの帯にどっちの通りに立つかをメモしてた。歩き終わったあとの答え合わせを足すと、こうなる。
| 場所と時間帯 | 通りの様子 | いた人 | 俺の動き |
|---|---|---|---|
| 魚町銀天街(〜20時) | 商店と飲み屋の入れ替わり。シャッターの音が響く | 買い物帰り・仕事帰り・学生 | 下見に使う。まだ声はかけない |
| 魚町銀天街(20時〜) | 本通りが通路になって、人は横道に吸われる | これから飲む二人組・待ち合わせの人 | 信号とコンビニ前だけ見て流す |
| 鍛冶町(〜21時) | 一次会の時間。人は店の中で、外は移動だけ | 店に向かうグループ・呼び込み | 素通りして屋台の場所だけ確認 |
| 鍛冶町(21〜23時) | ビルの前で「どうする」が始まる帯 | 二次会を探す集団・タクシー待ち | 声をかけるならこの帯。二回目はここ |
| 屋台(21時〜) | カウンターだけの世界。一見でも座りやすい | 一人客・常連・仕事終わりの人 | 座って隣を待つ。結果的にこれが正解 |
表の上から四段ぶんは、まあ、見事に滑ってる。
声をかけた記録|アーケードの外れと鍛冶町の角
一回目は20時20分、魚町の南の外れ。信号待ちで立ち止まった仕事帰りっぽい子に、横に並んでから声をかけた。イヤホンが片耳に入ってるのは見えてた。外してもらう前提で行った。

すいません、ちょっとだけ。この辺で一人で入れる店探してて
あ……ごめんなさい、急いでるんで(小走り)

イヤホンを外させるところから始まる声かけは、最初のワンアクションを相手に払わせてる。その時点で分が悪いのは分かってて行って、分かってた通りの結果になった。
二回目は21時10分、鍛冶町の角。ビルの前でスマホ片手に店を探してた二人組に、「このビルの三階の焼き鳥屋って行ったことあります?」で入った。会話は続いた。続いたんだけど、「私たち今から三軒目なんで(笑)」って笑顔のまま店の場所だけ丁寧に教えてくれて、二人はエレベーターに消えていった。手元に残ったのは、行く予定のなかった焼き鳥屋の道順だけ。

新幹線代払って二連敗て、帰りの16分どんな顔で乗るんすか

窓の外真っ暗だしな。笑 ただこの時点で、まだ2時間残ってたんだわ。
歩きながら並行で動かしてたものもある。博多に入った日に、Jメールの表示範囲を北九州側まで広げた。出張先の夜にJメールで会えた話は前に書いたし、西で人が並ぶのも前に確かめた通りで、小倉も表示はちゃんと埋まった。この夜は、屋台に座る前の時点で返信が一件来てた。
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屋台のカウンターで、ミツキと隣になった
21時20分、鍛冶町の外れの屋台に入った。小倉に屋台が残ってるのは来る前から知ってて、場所だけ確認してあった。暖簾をくぐるっていうより、ビニールを持ち上げて入る。カウンターに丸椅子が八つ、大将が一人。先客は三人で、端におじさんが二人、真ん中に一人で飲んでる女の子。椅子を引いたら大将が「はいどうぞー」って言う、それだけで入店が完了する店だった。この距離の近さは、慣れてないと落ち着かないと思う。俺は好きだ。
女の子の隣が空いてたから、一つ空けずにそこに座った。ここで変に一個空けると、あとで詰める理由がなくなる。瓶ビールと、小倉に来たらこれと決めてた焼うどんを頼んだ。小倉は焼うどん発祥の街って言われてて、この屋台のお品書きの一番上にもそう書いてあった。
そしたら大将が、隣の子に向かって言った。

姉ちゃん、さっきの二玉どうすんの。麺、もう出しちゃったよ
あー……すみません、友達が来んくなって。二玉、来ます

来ます、って言ってから、彼女は皿の大きさを想像したのか、ちょっと固まってた。で、焼き上がった二玉が目の前に着地した数秒後には、取り皿がすっとこっちに出てきてた。
……あの、一玉もらってもらえます? 注文、通っちゃってるんで


え、いいんですか。じゃあこっちの瓶を一杯どうぞ。等価交換ってことで
等価かなあ(笑) ……いただきます

取り分けが、とにかく早かった。大将が鉄板から皿に移すのと同じ速度で、俺の取り皿に一玉ぶんが正確に載る。あとで餃子を追加したときも、タレの小皿が俺の前に先に着いた。こっちが手を伸ばすより早い。手際が完全に仕事の域だった。

……お仕事、飲食の方ですか。今の動き、プロのそれだったんですけど
違います(笑) でも立ち仕事ではあります。……あの、それより


はい
今日、ずっと外歩いてました? 頬、ちょっと焼けてます


え、まじですか。歩いたけど、夜ですよ?
昼間の分が今ごろ出てるんです。……日焼け止め、塗ってないでしょう

塗ってなかった。そこから職業の話になって、化粧品メーカーの美容部員だと分かった。駅ビルのカウンターで肌を見る仕事を三年やってると、人の頬の色が信号みたいに見えるらしい。ポーチから試供品のハンドクリームを出して、「手、貸してください」って言うから出したら、手の甲に一センチだけ絞られて、ソースの匂いの中に急に花の匂いが混ざった。屋台でハンドクリームを塗られてる男は、あの晩あの通りで俺だけだったと思う。
伸ばすときは手の甲同士で。……そう、上手です


屋台で接客されてる。笑 カウンターのお客さん、みんなこれやってもらえるんですか
お客様には、もっと丁寧にやります(笑)

「お客様には」の言い方が良くて、俺はこのあたりで、この子と喋るのが単純に楽しくなってた。最初から最後まで敬語で、一回も崩れない。なのに話の距離だけはちゃんと縮まっていく。敬語って壁だと思ってたけど、この子のは手すりだった。つかまる場所があるから、逆に近くまで行ける。
そこからは、焼うどんはソースか醤油か、彼女の繁忙期は春(新生活で下地が売れるらしい)、俺の東京の仕事の話が少し。北九州の生まれで、職場も小倉。金曜だけ、こうやって一人で屋台に寄って帰るって言ってた。

一人屋台いいですね。俺も東京で一人飲みするけど、カウンターの店ばっかりです
屋台は席が近いのがいいんですよ。……今日みたいに、二玉引き取ってもらえるし(笑)


引き取った側としては大満足です。この焼うどん、普通にうまい
でしょう。ここの、麺が乾麺なんですよ。それが小倉式っちゃけど……いや、小倉式なんですけど(笑)

言い直したのに、耳に残ったのは「っちゃ」のほうだった。硬い敬語と、たまに顔を出す柔らかい語尾の往復を、俺は瓶ビール一本ぶん、ずっと面白がってた。
最終新幹線が効いてくる後半
22時を過ぎたあたりから、俺が腕時計を見る回数が増えてたらしい。
……さっきから時計、気にしてますよね


ばれてました。最終で博多に戻るんですよ。宿があっちで
なんだ、小倉の人じゃないんですね。……なら、はよ食べんと(笑)

残ってた焼うどんを、また彼女が取り分けた。俺の皿に多めに。こういうところで手が先に動く子だった。
22時40分、彼女が先に会計しようとしたのを、二玉の礼だって言って俺が持った。「じゃあ次は、私が二玉頼みます」って敬語が返ってきた。連絡先は、そのあと彼女が「日焼け止め、あとで名前送りますね」って言い出したんで、その流れで交換した。
彼女も帰りは駅方向だって言うから、閉まった魚町のアーケードを二人で戻った。天井の照明が半分になった銀天街は、二人分の足音がよく響く。20時にすれ違ってた人の量が嘘みたいだった。彼女は歩くのが速くて、ショーウィンドウの化粧品のポスターの前でだけ、一瞬減速する。
あれ、うちの会社のじゃないです。……色が、今年っぽくないのに(笑)


閉店後もライバル社チェックしてるじゃないですか。仕事熱心か。笑
駅前の交差点で、彼女は在来線側、俺は新幹線口側に道が分かれた。最終を捨てる、という考えが頭の端をかすめた。かすめただけで終わった。翌朝9時に博多の先方の会議室に座ってる必要があって、それが全部だった。あとは改札を抜けて、その一本に乗るだけだった。
今日の焼うどん、ちゃんとおいしかったですね


二玉を引き受けた俺の手柄でもある。笑 次はそっちが二玉頼むって話、忘れないでくださいよ
覚えてます。……あと、日焼け止め、明日から塗ってくださいね。ほんとに

最後まで敬語だった。改札のほうへ歩いていく背中を見送って、時計を見たら、まだ少しだけ時間が残ってた。それで俺は、屋台のほうへ引き返してる。この話は最後に書く。
十日後に届いた試供品三袋の話
翌日の昼、博多での仕事の合間にLINEが来てた。「日焼け、ひどくなってないですか」。敬語のまま始まって、敬語のまま続いた。頬がまだ赤いって送ったら、薬局で買える日焼け止めの名前が三つ、①②③の番号付きで返ってきた。お客さんに送るメモの癖らしい。
東京に戻って十日後、家のポストに厚みのある封筒が入ってた。住所は、彼女が「サンプル送るので教えてください」って言うから帰りの新幹線の中で送ってあった。中身は化粧水と乳液と日焼け止めの試供品が三袋と、付箋が一枚。「順番どおりに。夜だけでいいです」。字が、喋り方から想像してたより丸かった。
LINEは今も続いてて、11月に博多の案件がもう一回入りそうだって送ったら、「今度は小倉に泊まればいいのに」って、敬語が一枚だけ薄くなった返事が来た。次の屋台は、最終の時刻を調べずに座れると思う。
ミツキとは、屋台の丸椅子の並びっていう完全な偶然で会ってる。俺がこの遠征で最初から開けてたのはJメールのほうで、屋台に座る前に来てた返信一件とは、その11月の博多泊で会う話になってる。その一件に返事を打ったのは、博多行きのホームのベンチだった。
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で、あの夜の最後の話。交差点でミツキと別れたあと、来た道を逆に辿った。ビニールを持ち上げると先客はもう誰もいなくて、大将が鉄板の焦げをヘラで落としてるところだった。忘れもんか、って顔をされたから、瓶ビールを一本だけ頼んで、さっきまで隣に人がいた丸椅子の横で、今度は一人で飲んだ。鉄板の油の音が小さくなって、通りの声もまばらになった頃、空いた瓶を下げながら大将が言った。「兄ちゃん、次は泊まりで来な。焼うどん、最初から二玉で焼いてやるから」
天神の次の動きまで見る。
声をかけた後、どの街でどう流すか。場所選びと飲みの入口に近い記事を並べています。


