医師専門アプリで、内科の女医と会った夜
アプリストアの検索結果で指が止まった見慣れないアイコン、iCoi。医師と一般の人をつなぐアプリに医者じゃない側の男が登録して、総合病院の内科医ヤエ(31)と神田のおでん屋で九十分だけ会った。食べる速度が一定で、話の途中で水を飲まない三十一歳の話。
総合病院の内科医PLACE現場
現場レポHOOK会う前提の
導線
アプリストアの検索結果を上から惰性で流してたら、四つ目あたりで指が勝手に止まった。見たことのないアイコンだった。名前は iCoi。読みは「イコイ」でいいらしい。
そもそも俺が探してたのは全然別のアプリで、名前の一部だけ打ち込んで出てきた候補をスクロールしてただけなんだわ。なのにそこで止まったのは、説明文の一行目に「医師」って単語が入ってたから。医師。マッチングアプリ。この二語が並んでるのを見たの、たぶん初めてだった。
見慣れないアイコンで、指が止まった
iCoi体験談の入口、現場での空気、会った後の動きまで。場面ごとの温度を拾いながら、アキの現場感をそのまま読む記事です。

医者と会えるアプリ? そんなの需要あんの——って一瞬思って、いや、あるわ。めちゃくちゃあるわ。と三秒で自分を訂正した。
俺が引っかかったのは、そこじゃない。需要があるのは女性側の話で、じゃあ男側はどうなんだ、と。俺、医者じゃないんだけど。
指を止めたまま説明文の続きを読んだら、医師と、それ以外の人をつなぐアプリだと書いてあった。つまり俺みたいなのも入れる。入れるらしい。そこで一回スマホを置いて、コンビニで買った氷が溶けきったアイスコーヒーを飲んで、それからもう一回開いた。八月の、窓を開けても外から入ってくるのが車の音だけの日だった。

入れるのは分かった。で、入って俺は何になるんだ。医者の隣に並ぶ一般人枠?
答えが出る前に、指のほうが先にインストールを押してた。ダウンロード自体は無料だし、合わなかったら消せばいい、で片づく話ではある。片づく話なんだけど、この日の押し方はいつもよりちょっと雑だった。
iCoiってどういうアプリなのか、俺が触った範囲で
先に断っとくと、俺はこのアプリの中の人でもなんでもないし、仕様は更新で変わる。だから書けるのは「俺がインストールして触った時点では、こう見えた」の範囲だけ。
まず、コンセプトがはっきりしてる。医師と、医師じゃない人をつなぐアプリ。ふつうのマッチングアプリみたいに全職種がごちゃっと並んでるんじゃなくて、片側が医師で固定されてる作りなんだわ。だから「医者に会いたい人」と「医者だから会いにくい人」が、最初から同じ場所に立ってる。
トップのあたりに、医師登録者数が業界No.1だという主旨の表記が出てた。数字そのものは俺が数えたわけじゃないから、そこは書いてあった通りに書いとく。ただ、実際に一般側で登録して眺めた画面には、医師のプロフが途切れずに流れてきた。すかすかではなかった、というのは俺の目で見た事実。

プロフを上から見ていって、内科、皮膚科、麻酔科、内科、って続いていくのが単純に新鮮だった。こんな並びの画面、初めて見る。
で、俺がいちばん「あ、真面目にやってるな」と思ったのが確認まわり。医師側は資格の確認を通さないと出てこられない作りになってて、一般側も本人確認がある。この本人確認が、俺が受けた限りではけっこう厳重だった。ぱぱっと通って終わり、って感じじゃない。
そりゃそうだよなと思う。医師ですって書いてある人が一人でも偽物だったら、このアプリは一発で終わるわけで。厳重なのは面倒くさいんじゃなくて、そこが商品なんだわ。

免許証を出す画面まで来て、毎回ちょっとだけ手が止まるんだよな。慣れない。
高校生を含めて18歳未満は当然使えないし、年齢確認そのものは、俺がこれまで入れたアプリだとどこでも通されてきた手続きで、ここだけの特別な関門ってわけじゃない。何をどう出すのかは年齢確認の手順を一通りまとめた回に書いた通りで、俺も毎回それを開いてから出してる。
料金は、俺が入れた時点だと男の一般会員に課金プランがあって、数千円台の表示だった。これは執筆時点の目安で、プランも金額も普通に変わるから、最新は公式で確認してくれ。俺が押したのは一番短い一ヶ月のプランで、この回で俺が使ったのはその月額ぶんと、神田の会計8,200円(二人ぶん、俺が持った)だけ。追加の課金はしてない。
指が止まる直前まで俺が検索してたのは、去年から惰性で課金し続けてる別のアプリの名前で、そのへんを自分の使用感で並べた回は前に書いたやつがある。iCoiはそこには入ってない。この日に初めて存在を知ったんだから当たり前なんだけど。
一般枠の男が登録して、最初にビビったこと
登録して、プロフの入力画面まで来て、職業欄で手が止まった。
いや、書くこと自体はある。あるんだけど、この画面の向こう側にいるのが全員医師だと思うと、自分の職業欄が急に薄く見えてくるんだわ。学生時代に、やたら偏差値の高い高校の文化祭に紛れ込んだ時の感じに近い。誰にも何も言われてないのに、こっちが勝手に居心地悪くなってるやつ。

職業欄に何書いても嘘くさく見える現象。誰も俺のこと見てないのに。

え、アキさんでもそういうのあるんすね。意外

あるある。路上なら顔と喋りしか材料ないからむしろ楽なんだわ。文字で自分を紹介するの、いつまでも慣れない。
この「場違いかもしれない」ってやつ、前にも一回やってる。再婚とかシングルマザーの人が多めのアプリに独身のまま入った時で、入る前にさんざんビビって、入ったら別に浮きもしなかった。その時のことはマリッシュを独身で使った回にある。どうせ今回もそれなんだろうけど、職業欄にカーソルを置いたまま止まってる俺には、その前例がぜんぜん効いてない。
写真は、去年の秋に友達が撮ってくれたやつを一枚と、あとは飯の写真。プロフ文は三行で終わらせた。凝ったこと書こうとして手が止まるより、短くして出すほうが結局いい。
一日目、いいねを送ったのは四人。返ってきたのはゼロ。二日目も似たようなもんで、三日目に一人からありがとうだけ返ってきて、そのまま止まった。会話にもならない。

三日で戦績ゼロ。まあ入れたばっかのアプリってこんなもんではある。俺の場合、どのアプリでも最初の一週間はだいたい溶ける。
いいねを十送って、なんらかの反応が返るのが二つか三つ。そこから会う話になるのは、さらにその一部。これは俺の粗い実感で、人によっても時期によっても全然違うはずだわ。
で、四日目の夜。仕事帰りに立ち食いのカウンターでスマホを開いてたら、ヤエのプロフが流れてきた。三日ぶんの空振りで腐りかけてた指が、そこだけは迷わず動いた。医者じゃない側の枠にも、ちゃんと順番は回ってくる。
- 現役医師が開発した医師特化アプリ。資格確認と本人確認が厳重で、なりすましに強い
- 医師側も忙しい合間に出会いを求めて登録してる。属性がはっきりした場
- プロフィール登録して条件検索、というシンプルな流れ。まず中を見てみるといい
18歳未満(高校生を含む)はご利用いただけません。本コンテンツには広告(PR)が含まれます。
返信が来る時間帯が、まるで読めない
ヤエのプロフは、写真が二枚。一枚目は美術館みたいなところの白い壁の前に立ってるやつで、二枚目は手だけ写ってる、たぶん自分で焼いたパン。文章は短くて、「総合病院で内科をやっています。休みの日は寝てるか、パンを焼いてるかです」。
いいねを送って、返ってきたのが翌日の午前二時すぎだった。
はじめまして。パンのほう褒めてくれた人、実は初めてです(笑)


顔じゃなくてパン褒める男でごめん。でもあれ、焼き色いいでしょ。
いいんですよ。あれだけは自信ある

そこから三往復くらい続いて、ぷつっと切れた。次に返ってきたのが、その日の夕方の六時。さらに次が、翌々日の朝七時。

返信の時間帯が読めなさすぎて、こっちの生活リズムが軽くバグる。夜中の二時と朝七時が同じ人から来るんだわ。
これ、普通のアプリだと「脈なしか」って判断しがちなところなんだけど、今回はそう読まなかった。夜中と早朝に元気に喋って、日中がまるごと沈黙する。相手の生活のほうに理由があるのは、さすがに分かる。

生活時間、けっこうバラバラ?
バラバラです。当直がある週は特に。返信変な時間でごめんなさい

謝らんでいいって、こっちが勝手に朝七時に叩き起こされてるだけだから、と返したら、起こしてる(笑)、と一行だけ返ってきた。当直の話はそれ以上こっちから掘らなかった。掘っても俺には分かんない。分かんない話をさせるより、分かる話をしてる時間のほうを長くしたかった。
やり取りは、こっちが思ってたよりずっと軽かった。医者だから難しい話をするのかというと全然そんなことはなくて、ヤエから来た話題は、駅の階段の右と左でどっちが空いてるかとか、コンビニのプリンの新作とか、そういうやつ。
職場に自販機が三台あって、中身はほぼ同じなのに一台だけ異様に人気がある、という話に半日かけたこともあった。俺が「それは置いてある場所が良いんだって。自販機は立地」と返したら、不動産みたいなこと言う、と笑われた。医者と自販機の立地の話をする夜が来るとは思ってなかった。
一週間ちょい、そんな調子でだらだら続いた。俺のほうは早めに会いたかったんだけど、時間帯が読めない相手に「いつ空いてる?」を連打するのは違うなと思って、ずっと待ってた。待ってたら、向こうから来た。
来週の火曜、十九時には出られそうです。ただ、遅くまでは無理かも


十分。むしろ短いほうが緊張しなくていい。
緊張するんですか


する。医者と飯食ったことないもん。
そしたら、私も医者じゃない人とちゃんと喋るの久しぶりです、と返ってきた。この一行で、日程の話が急に人の話になった。
店は俺が決めた。神田の、路地に一本入ったところにある古いおでん屋。八月におでん屋かよって自分でも思ったけど、この時期のあそこは逆に空いてる。二時間しか無い日にコースの店を取るとお互い時計を見ることになるし、ここなら、最後に茶飯とお椀が来た時点でいつでも終われる。この日みたいに短い夜には、それがちょうどよかった。
神田のおでん屋で九十分
火曜の十九時十分、店の前。残暑がまだ完全に居座ってる時間で、着く前にハンカチが一枚めで足りなくなった。二枚目をカバンの内ポケットに突っ込んどいた自分を、この日ばかりは褒めた。
ヤエは十分遅れて、小走りじゃなく普通の速度で来た。薄いブラウスに、細身のパンツ。写真より髪が短くて、写真より顔が疲れてた。疲れてたけど、感じの悪い疲れ方じゃなかった。
すみません、十分遅れました


十分は遅刻に入んないから。俺は五分前に着いて、店の前で汗拭いてただけ。
拭けてないですよ、それ

初手でそれ言う? と返しながら、この人わりと言うな、と思った。メッセージのときの控えめな感じから、俺は勝手におとなしい人を想像してたんだわ。
入って、カウンターの奥。引き戸を閉めた瞬間に、路地の音が半分になった。カウンターの中の鍋はこの時期でも湯気を上げてて、席に着いた途端、外の暑さの話がどうでもよくなる。大根とはんぺんとちくわぶを頼んで、ヤエはビールを小さいグラスで一杯だけ。
最初の十五分は、お互い探り合いみたいな時間だった。ヤエは喋りが上手いタイプじゃない。ぽんぽん返ってくるんじゃなくて、一回黙って、それから短く返す。ただ、その黙る一秒が気まずくないんだわ。ちゃんと聞いてから返してる感じの黙り方だった。

このアプリ、いつから使ってんの。
……三ヶ月くらい。友達に勝手に登録されてました(笑)


友達こわ。

医者側って、登録するとき何出すの。
医師免許です。あと勤務先も。写真がぶれてて、一回撮り直しになりました


そこ、ぶれるんだ。
友達に横から見られながらやってたので

一般側の俺が免許証を出す画面で手を止めてたのと、たぶん同じところで、この人も撮り直しをやってたわけだわ。厳重だ厳重だと外側から書いてたやつの中身が、急に人の手つきの話になった。
はんぺんが来て、ヤエが箸をつけた。ここからだわ、俺が一個気づいたのは。
食べる速度が、ずーっと一定なんだよな。はんぺんを一切れ取って、口に入れて、噛んで、飲み込んで、箸を置く。また取る。この間隔が、最初の一切れから最後の一切れまで一ミリも変わらない。喋りながら食べても変わらない。俺が笑わせても変わらない。
普通、飯って途中で速くなったり、話に夢中で止まったりするじゃん。それが無い。

ヤエさんさ、食べるの、テンポ一定だね。
え


いや悪い意味じゃなくて。メトロノームみたいだなと思って見てた。
……そんな見てました?

見てた。ごめん、と言ったら、謝られるほうが恥ずかしいです、と笑われた。箸のテンポは、そう言われてる間も一定のままだった。
で、もう一個。ヤエ、置いてある水を一回も飲まないんだわ。ビールは飲む。でもグラスの水は、店員さんが注ぎ足しにきても、そのまま。汗もかいてないわけじゃないのに。

水、飲まないんだ。
……あー


喋ってる途中は飲まない、みたいな癖?
そういうことにしといてください(笑)


なにそれ。早食いの反動とか? 実家が厳しかったとか?
ぜんぜん違います(笑)。……そろそろ茶飯、頼みましょうか

逃げられた。逃げられたけど、逃げ方が笑ってたから、こっちも追わなかった。俺にも人に言いたくない癖はあるし、初対面で全部を説明させる気はなかった。ただ、正体が分かんないまま気になってるのが、この夜のずっと下のほうで小さく鳴り続けてた。
話題は、そこからむしろ緩んだ。仕事の話は、ヤエのほうから深くは入ってこない。話すのは、当直明けの朝の空気がやたら綺麗に見えるとか、院内の階段を何往復したかとか、そういう外側の話だけ。俺も突っ込まなかった。仕事の中身を根掘り葉掘り聞かれる場所を、この人はたぶん求めてない。
アキさん、夏どこか行きました?


江ノ島。海の写真撮ってる子に話しかけて、そのまま夕方まで喋ってた。
それ、話しかけたんですか。すごいな

すごくない。撮ってる最中に割り込むのが嫌で、その子がカメラ下ろすまで数メートル手前で突っ立ってただけだわ。そこから先は完全に成り行き。その日のことは江ノ島の回に丸ごと書いたんで、暇なとき読んどいてくれ、とヤエにも言っといた。ヤエは「私、江ノ島は駅で降りたことしかないです」と言って、それが妙に本当っぽかった。休みの日は寝てるかパンを焼いてるか、っていうプロフ文は、たぶん盛ってない。

パン、なんで焼き始めたの。
生地って、放っといたら勝手に膨らむんですよ。あれが良くて

放っといて勝手に良くなるもの、たしかに少ないな、と言ったら、少ないです、と笑って頷かれた。そこで話は終わって、次は、鍋の仕切りの銅が角のところだけへこんでる、みたいなどうでもいい話に戻った。
茶飯とお椀が来て、ヤエはやっぱり一定の速度で食べた。俺は大根にからしを付けすぎて、鼻の奥にきて咳き込んだ。ヤエが笑いながら、自分の前の、まだ手をつけてない水のグラスを俺のほうに滑らせてきた。自分では飲まないくせに、俺には差し出す。そこがなんかおかしくて、咳き込みながら笑った。
九十分。ぴったりだった。時計を見たわけじゃないのに、お椀が空になった時点でお互い「あ、そろそろだな」って空気になるのが、この手の店のいいところ。
外に出たら、アスファルトの照り返しが靴の底から足の裏まで来た。駅まで五分、並んで歩いた。
思ってたより、普通でした


それ、褒めてる?
褒めてます。医者だからって身構える人、けっこういるので


身構えたよ。職業欄書く時にな。
それは、と言ったきりヤエは笑って、そのあと五十メートルくらい二人とも黙って歩いた。黙ってても平気なのが、この日いちばんの収穫だったかもしれない。
改札の前で、ヤエが「おでん、八月に食べたの初めてでした」と言った。手を振って、それで終わり。
病院の裏手の細い通り
おでん屋の夜から、四日空いた。その間のやり取りは相変わらずで、夜中に来たり朝に来たりしてた。俺は寝る前に一回アプリを開いて、来てなければそのまま寝る、を毎晩やってた。
- 現役医師が開発した医師特化アプリ。資格確認と本人確認が厳重で、なりすましに強い
- 医師側も忙しい合間に出会いを求めて登録してる。属性がはっきりした場
- プロフィール登録して条件検索、というシンプルな流れ。まず中を見てみるといい
18歳未満(高校生を含む)はご利用いただけません。本コンテンツには広告(PR)が含まれます。
四日目に来たのが、「今日、十九時前には出られます。ただ三十分だけ」だった。三十分。飯を食う時間じゃない。

三十分なら、そっち行くわ。病院の近くまで。
え、来るんですか


三十分のために往復するの、わりと好きなんだわ。
変な人、と返ってきて、そのあと待ち合わせ場所だけ一行で送られてきた。それで出た。
正面玄関じゃなくて、裏手の通りで待ち合わせた。街灯が二本しかない、片側が塀で片側が職員用の駐輪場になってる細い道で、この時間はほとんど人が通らない。ヤエは十九時ちょうどに、白衣じゃなくて普通の服で出てきた。
ほんとに来てる


来るって言ったじゃん。
言う人はたくさんいるので

塀に沿って、端まで歩いて、戻ってきた。それだけ。三十分のうち二十分くらいは、からしで咳き込んだ俺の話でヤエが笑ってた。残りは、通りの向かいのアパートのベランダにやたら鉢植えが多いという話。
帰りの時間になって、ヤエが「じゃあ」と言って、半歩下がった。それから、思い出したみたいにバッグの中を探って、小さいペットボトルを出した。蓋を開けて、一口だけ飲んだ。あの夜、目の前のグラスに一度も手をつけなかった人が、だわ。
俺が何か言う前に、ヤエは蓋を閉めて、こっちを見ないまま、街灯のほうに顔を向けた。何秒か、二人とも黙ってた。そのあとで、「外だと、普通に飲めるんですよね」ってヤエは言った。
会った後の流れまで、次に読む。
アプリで会ったあとに失速しないように、連絡、待ち合わせ、次のデートへ繋がる記事を置いています。


